顔氏家訓 / 家訓
顔氏家訓(家訓)の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全351句。
南朝の梁に生まれ、王朝が四つ替わるあいだを生き延びた顔之推(531〜591頃)が、自分の子と孫だけに向けて書いた二十篇。現存する中国最古の体系的な家訓であり、以後千五百年にわたって書かれた無数の家訓の原型になりました。書き出しからして変わっています。聖賢の書にもう書いてある、後世の書はその焼き直しにすぎない——そう言い切ったうえで、それでも自分が筆を執る理由を「門内を整えるため」の一点に絞りました。天下に向けてではなく、我が家に向けて書く。この限定が、かえってこの書を読ませてきました。内容は生活のすべてに及びます。子はいつから教えるか(人の顔色が読めるようになったら)、兄弟はなぜ疎遠になるか(各自が妻子を持つから)、家の金はどこまで締めてよいか(相手の急場に動けなくなったら、それは倹約ではない)、後継者に直接言えないことを誰に頼むか、人の手柄を自分の名で上げてはならないこと、そして自分の葬儀をどう簡素にするか。学問については、「何ぞ数年の勤学を惜しみて、長く一生の愧辱を受けんや」——数年の勉強を惜しんだ結果、生涯の恥をかき続けるのか、と問います。顔之推自身は模範ではありません。九歳で父を失い、兄に育てられ、「仁ありて威なし」——優しさはあったが正す威がなかったと書いています。十八、九で気づいたときには悪い癖が生まれつきのようになっていて、生涯洗い落とせなかった。この書は成功談ではなく、直しきれなかったことの記録として差し出されています。師導では全二十篇二百五十五段の全文を三百五十一の章句に収め、底本四万八百字の百パーセントを覆いました。漢字の考証を延々と続ける書証篇や、南北の発音を論じる音辞篇も落としていません。一字の違いが行動の指針を変えるという、この人の執念がそこに出ているからです。