顔氏家訓 / 雜藝
晉、宋以來、多能書者。故其時俗、遞相染尚、所有部帙、楷正可觀、不無俗字、非為大損。至梁天監之間、斯風未變、大同之末、訛替滋生。蕭子云改易字體、邵陵王頗行偽字、朝野翕然、以為楷式、畫虎不成、多所傷敗。至為一字、唯見數點、或妄斟酌、逐便轉移。爾後墳籍、略不可看。
新字:晉、宋以来、多能書者。故其時俗、逓相染尚、所有部帙、楷正可観、不無俗字、非為大損。至梁天監之間、斯風未変、大同之末、訛替滋生。蕭子云改易字体、邵陵王頗行偽字、朝野翕然、以為楷式、画虎不成、多所傷敗。至為一字、唯見数点、或妄斟酌、逐便転移。爾後墳籍、略不可看。
書き下し
晋・宋以来、能く書する者多し。故に其の時俗、逓いに相い染尚す。有る所の部帙は、楷正にして観るべし。俗字無きにあらざるも、大損と為さず。梁の天監の間に至るまで、斯の風未だ変ぜず。大同の末、訛替滋く生ず。蕭子雲は字体を改易し、邵陵王は頗る偽字を行う。朝野翕然として、以て楷式と為す。虎を画きて成らず、傷敗する所多し。一字を為るに至りて、唯だ数点を見るのみ。或いは妄りに斟酌して、便に逐いて転移す。爾後の墳籍は、略ぼ看るべからず。
現代語訳
晋や宋以来、書のできる者が多かった。だから当時の風習として、互いに影響し合い尊び合った。伝わっている書物の巻は、楷書が正しくて見るに堪えた。俗字がないわけではないが、大きな損失にはならなかった。梁の天監年間までは、この気風は変わらなかった。大同の末になると、誤りと置き換えが次々と生じた。蕭子雲が字体を改め、邵陵王がかなり誤った字を用いた。朝廷も民間もいっせいにそれに従い、手本とした。虎を描こうとして描けず、損なわれるところが多かった。一字を書くのに、点がいくつか見えるだけということもある。あるいは勝手に加減して、都合に従って形を変える。それ以後の書物は、ほとんど読めたものではない。
解説
権威ある人が字体を変えたことで、書物全体が読めなくなった経緯です。蕭子雲と邵陵王という有名人が新しい字体を用いた。朝廷も民間も一斉にそれを手本とした。しかし虎を描こうとして描けず、一字がいくつかの点になり、都合次第で形が変わるようになった。結果として、以後の書物が読めなくなった。影響力のある人が始めた変更が、模倣される過程で崩れていく。しかも本人たちは崩す意図がありません。新しい様式を導入するとき、それが模倣される過程でどう崩れるかまで想定しておく必要があります。
この章句が説くこと
蕭子雲字体を改易す朝野翕然として楷式と為す虎を画きて成らず模倣の崩れ
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