顔氏家訓 / 慕賢
用其言、棄其身、古人所恥。凡有一言一行、取於人者、皆顯稱之、不可竊人之美、以爲己力、雖輕雖賤者、必歸功焉。竊人之財、刑辟之所處、竊人之美、鬼神之所責。
新字:用其言、棄其身、古人所恥。凡有一言一行、取於人者、皆顕称之、不可竊人之美、以為己力、雖軽雖賤者、必帰功焉。竊人之財、刑辟之所処、竊人之美、鬼神之所責。
書き下し
其の言を用いて、其の身を棄つるは、古人の恥ずる所なり。凡そ一言一行の、人に取る者有らば、皆な顕かに之を称し、人の美を窃みて、以て己が力と為すべからず。軽しと雖も賤しと雖も、必ず功を帰す。人の財を窃むは、刑辟の処する所なり。人の美を窃むは、鬼神の責むる所なり。
現代語訳
その人の言葉を採用しておきながら、その人自身を捨てるのは、昔の人が恥としたことである。およそ一つの言葉、一つの行いでも、人から取ったものがあれば、みなはっきりとその人の名を挙げ、人の手柄を盗んで自分の力としてはならない。相手が軽んじられる者であろうと身分が低かろうと、必ず功を帰すべきである。人の財を盗めば刑罰が処置する。人の手柄を盗めば鬼神が責める。
解説
手柄の帰属についての厳しい一段です。「其の言を用いて、其の身を棄つる」——提案は採用するが提案者は切り捨てる。これを古人は恥としました。そして功績の横取りは、財産の窃盗より罪が重いとされます。財の窃盗は法が裁くが、手柄の窃盗は法の外にあり、鬼神が責める。つまり誰も罰しないから自分で戒めるしかない、という構造の指摘です。しかも「軽しと雖も賤しと雖も」——相手の地位に関係なく功を帰せと明示している。若手や外部委託先から出たアイデアを、自分の名前で上に上げるのは、日常的に起こります。誰が言ったかを記録に残すという単純な習慣が、これを防ぎます。
この章句が説くこと
其の言を用いて其の身を棄つ人の美を窃む鬼神の責むる所功を帰す客観性
関連する章句
-
『韓非子』觀行第二十四古の人、目は自ら見るに短なり、故に鏡を以て面を觀、智は自ら知るに短なり、故に道を以て己を正す。
-
『韓非子』飭令第五十三功に任ずれば則ち民に言少なく、善に任ずれば則ち民に言多し。法を行ふに曲斷し、五里を以て斷ずる者は王たり、九里を以て斷ずる者は强し、宿治する者は削らる。刑を以て治め、賞を以て戰はしめ、禄を厚くして以て術を用ふ。都の過ちを行(ただ)せば、則ち都に姦市無し。物多く末衆く、農㢮(ゆる)みて姦勝てば、則ち國必ず削らる。
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子は言を以て人を挙げず、人を以て言を廃せず。
-
老子・第33章人を知る者は智、自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。其の所を失わざる者は久し、死して而も亡びざる者は寿し。
-
『韓非子』二柄第七好を去り、悪を去れば、群臣、素を見す。
-
史記 仲尼弟子列伝太史公曰く、「学者多く七十子の徒を称するも、誉むる者は或いは其の実に過ぎ、毀る者は或いは其の真を損ふ。鈞しく之れ未だ厥の容貌を睹ざれば、則ち弟子の籍を論言するに、孔氏の古文に出づるもの是に近し。余、弟子の名姓文字を以て悉く論語の弟子の問ひを取り并せ次いで篇と為し、疑はしき者は闕けり」と。