顔氏家訓 / 後娶
吉甫、賢父也、伯奇、孝子也、以賢父御孝子、合得終於天性、而後妻閒之、伯奇遂放。曾參婦死、謂其子曰:「吾不及吉甫、汝不及伯奇。」王駿喪妻、亦謂人曰:「我不及曾參、子不如華、元。」並終身不娶、此等足以爲誡。其後、假繼慘虐孤遺、離閒骨肉、傷心斷腸者、何可勝數。慎之哉!慎之哉!
新字:吉甫、賢父也、伯奇、孝子也、以賢父御孝子、合得終於天性、而後妻閒之、伯奇遂放。曽参婦死、謂其子曰:「吾不及吉甫、汝不及伯奇。」王駿喪妻、亦謂人曰:「我不及曽参、子不如華、元。」並終身不娶、此等足以為誡。其後、仮継惨虐孤遺、離閒骨肉、傷心断腸者、何可勝数。慎之哉!慎之哉!
書き下し
吉甫は賢父なり、伯奇は孝子なり。賢父を以て孝子を御すれば、合に天性に終わるを得べし。而るに後妻之を間し、伯奇遂に放たる。曾参の婦死するや、其の子に謂いて曰く、「吾は吉甫に及ばず、汝は伯奇に及ばず」と。王駿妻を喪うや、亦た人に謂いて曰く、「我は曾参に及ばず、子は華・元に如かず」と。並びに終身娶らず。此等以て誡めと為すに足る。其の後、假継の孤遺を惨虐し、骨肉を離間し、心を傷め腸を断つ者、何ぞ勝げて数うべけんや。之を慎めや、之を慎めや。
現代語訳
尹吉甫は賢明な父であり、伯奇は孝行な子であった。賢父が孝子を導くのだから、当然そのまま天性を全うできたはずである。ところが後妻が二人の仲を裂き、伯奇はついに追放された。曾参は妻を亡くしたとき、子にこう言った。「私は吉甫に及ばない。お前は伯奇に及ばない」。王駿は妻を亡くしたとき、人にこう言った。「私は曾参に及ばない。子は華や元に及ばない」。二人とも生涯再婚しなかった。これらは戒めとするに十分である。その後、継母が遺された子を惨たらしく虐げ、肉親の仲を裂き、心を傷め腸を断つような例は、数えきれない。慎むべきだ、慎むべきだ。
解説
後娶篇の冒頭です。論法が特徴的で、賢父と孝子という最良の組み合わせでさえ壊れた、という最上位の反例から始めます。そのうえで曾参と王駿の言葉を引く。二人とも「私は吉甫に及ばない、子は伯奇に及ばない」——自分たちはあの組み合わせより劣るのだから、なおさら危ない、と考えて再婚しませんでした。自分の力量を最良の事例と比べて割り引く、という判断の型です。これは再婚の是非の話にとどまりません。うまくいった事例を見て「あの人にできたなら自分にも」と考えるのが普通ですが、曾参は逆に考えた。難所に踏み込むかどうかを決めるとき、この引き算ができるかどうかは大きな差になります。
この章句が説くこと
吉甫と伯奇曽参終身娶らず仮継の惨虐力量の割り引き孝
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