顔氏家訓 / 書證
此是風角占候耳。風角書曰:「庶人風者、拂地揚塵轉削。」若是屛障、何由可轉也?
新字:此是風角占候耳。風角書曰:「庶人風者、払地揚塵転削。」若是屛障、何由可転也?
書き下し
此れは是れ風角占候なるのみ。風角の書に曰く、「庶人の風なる者は、地を払い塵を揚げ削を転ず」と。若し是れ屏障ならば、何に由りてか転ずべけん。
現代語訳
これは風の向きによる占いのことにすぎない。風角の書にいう。「庶人を表す風とは、地面を払い塵を舞い上げ、削りくずを転がすものである」。もしこれが衝立であったなら、どうして転がることができようか。
解説
前段で示した誤読を、最後に一撃で片づけた段です。風が吹いて転がるのだから、衝立ではありえない。削りくずなら転がる。文脈が求める性質と、当てはめた語の性質が合わない、という単純な検算です。長い考証を重ねた後に、誰でも分かる一点で締めている。しかも占いの書という別ジャンルの資料から、その一点を取ってきました。複雑な議論の結論は、単純な検算で確かめられることが多い。仕様や理屈をどれだけ積み上げても、最後に「それは動くのか」「その大きさで入るのか」といった一点で崩れることがあります。
この章句が説くこと
風角占候地を払い塵を揚げ削を転ず屏障なら何に由りて転ぜん単純な検算
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