顔氏家訓 / 涉務
吾見世中文學之士、品藻古今、若指諸掌、及有試用、多無所堪。居承平之世、不知有喪亂之禍、處廟堂之下、不知有戰陳之急、保俸禄之資、不知有耕稼之苦、肆吏民之上、不知有勞役之勤、故難可以應世經務也。
新字:吾見世中文学之士、品藻古今、若指諸掌、及有試用、多無所堪。居承平之世、不知有喪乱之禍、処廟堂之下、不知有戦陳之急、保俸禄之資、不知有耕稼之苦、肆吏民之上、不知有労役之勤、故難可以応世経務也。
書き下し
吾世中の文学の士を見るに、古今を品藻すること、諸を掌に指すが若し。試用有るに及べば、多くは堪うる所無し。承平の世に居りては、喪乱の禍い有るを知らず。廟堂の下に処りては、戦陣の急有るを知らず。俸禄の資を保ちては、耕稼の苦しみ有るを知らず。吏民の上に肆にしては、労役の勤め有るを知らず。故に以て世に応じ務めを経ること難きなり。
現代語訳
私は世の中の文学の士を見てきたが、古今の人物を品定めするさまは、手のひらの上を指すように鮮やかである。ところが実際に用いてみると、多くは務まらない。太平の世にいれば、戦乱の禍いがあることを知らない。朝廷にいれば、戦場の切迫があることを知らない。俸禄という蓄えを保っていれば、耕作の苦労があることを知らない。役人や民の上に君臨していれば、労役の辛さがあることを知らない。だから、世に応じて務めを果たすことが難しいのである。
解説
評論の腕と実務の腕は別だ、という指摘です。古今の人物を鮮やかに評価する人が、実際に任せてみると務まらない。理由を四つ並べていますが、すべて同じ形です。太平の世にいるから戦乱を知らない、朝廷にいるから戦場を知らない、俸禄があるから耕作を知らない、上にいるから労役を知らない。つまり、自分の立ち位置が見えないものを作っている。批評の能力があっても、経験していない領域については判断材料そのものがない。人の評価や事業の判断をするとき、自分の位置から見えていない領域がどこかを、先に数えておくことです。
この章句が説くこと
古今を品藻すること掌を指すが如し試用に堪うる所無し位置と視野経験の欠落
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『顔氏家訓』涉務士君子の世に処るは、能く物に益有るを貴ぶのみ。徒らに高談虚論し、琴を左にし書を右にして、以て人君の禄位を費やすにあらず。国の材を用うるは、大較六事に過ぎず。一には則ち朝廷の臣、其の治体に鑒達し、経綸博雅なるを取る。二には則ち文史の臣、其の憲章を著述し、前古を忘れざるを取る。三には則ち軍旅の臣、其の断決謀有り、強幹にして事に習うを取る。四には則ち藩屏の臣、其の風俗に明練し、清白にして民を愛するを取る。五には則ち使命の臣、其の変を識り宜しきに従い、君命を辱めざるを取る。六には則ち興造の臣、其の功を程り費を節し、開略に術有るを取る。此れ則ち皆な学に勤め行いを守る者の能く辦ずる所なり。人性に長短有り。豈に六塗に美を具うるを責めんや。但だ当に皆な指趣を暁り、能く一職を守らば、便ち媿無きのみ。
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