顔氏家訓 / 書證
後漢書云:「鸛雀銜三鱔魚。」多假借爲鱣鮪之鱣、俗之學士、因謂之爲鱣魚。案:魏武四時食制:「鱣魚大如五斗奩、長一丈。」郭璞注爾雅:「鱣長二三丈。」安有鸛雀能勝一者、況三乎?鱣又純灰色、無文章也。
新字:後漢書云:「鸛雀銜三鱔魚。」多仮借為鱣鮪之鱣、俗之学士、因謂之為鱣魚。案:魏武四時食制:「鱣魚大如五斗奩、長一丈。」郭璞注爾雅:「鱣長二三丈。」安有鸛雀能勝一者、況三乎?鱣又純灰色、無文章也。
書き下し
後漢書に云う、「鸛雀三鱔魚を銜む」と。多く仮借して鱣鮪の鱣と為す。俗の学士、因って之を謂いて鱣魚と為す。案ずるに、魏武の四時食制に、「鱣魚は大なること五斗の奩の如く、長さ一丈」と。郭璞の爾雅に注するに、「鱣は長さ二三丈」と。安んぞ鸛雀の能く一を勝うる有らんや。況んや三をや。鱣は又た純灰色にして、文章無きなり。
現代語訳
『後漢書』にいう。「鸛が三匹の鱔魚をくわえた」。多くは仮借して鱣や鮪の「鱣」としている。俗な学者はそこでこれを鱣魚のことだとする。調べてみると、魏の武帝の『四時食制』に「鱣魚は大きさが五斗の箱ほどで、長さは一丈」とある。郭璞が『爾雅』に注して「鱣は長さ二、三丈」という。どうして鸛が一匹でもくわえられようか。まして三匹はなおさらである。鱣はまた一色の灰色で、模様がない。
解説
文献の食い違いを、物理的な整合で検算した例です。鸛が三匹くわえたと書かれている魚が、体長一丈から二、三丈だという。それでは鳥がくわえられるはずがない。書かれていることを、大きさという物差しに置いてみたら成り立たなかった。文献の記述だけを突き合わせていると気づかない誤りが、実物の寸法を当てはめると見えます。報告書や計画書でも、書かれている数字を現実の寸法や時間に置き換えてみると、成り立たないことが分かる場合があります。単位を伴う検算は、最も安価で確実な点検方法です。
この章句が説くこと
鸛雀三鱔魚を銜む鱣魚は長さ一丈安んぞ一を勝うる有らんや寸法による検算
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