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顔氏家訓 / 勉學

有客難主人曰:「吾見強弩長戟、誅罪安民、以取公侯者有矣、文義習吏、匡時富國、以取卿相者有矣、學備古今、才兼文武、身無禄位、妻子饑寒者、不可勝數、安足貴學乎?」主人對曰:「夫命之窮達、猶金玉木石也、修以學藝、猶磨瑩雕刻也。金玉之磨瑩、自美其礦璞、木石之段塊、自醜其雕刻、安可言木石之雕刻、乃勝金玉之礦璞哉?不得以有學之貧賤、比於無學之富貴也。

新字:有客難主人曰:「吾見強弩長戟、誅罪安民、以取公侯者有矣、文義習吏、匡時富国、以取卿相者有矣、学備古今、才兼文武、身無禄位、妻子饑寒者、不可勝数、安足貴学乎?」主人対曰:「夫命之窮達、猶金玉木石也、修以学芸、猶磨瑩雕刻也。金玉之磨瑩、自美其礦璞、木石之段塊、自醜其雕刻、安可言木石之雕刻、乃勝金玉之礦璞哉?不得以有学之貧賤、比於無学之富貴也。

書き下し

客有りて主人を難じて曰く、「吾強弩長戟もて、罪を誅し民を安んじ、以て公侯を取る者有るを見る。文義もて吏に習い、時を匡し国を富まし、以て卿相を取る者有り。学は古今に備わり、才は文武を兼ぬるも、身に禄位無く、妻子飢寒する者は、勝げて数うべからず。安んぞ学を貴ぶに足らんや」と。主人対えて曰く、「夫れ命の窮達は、猶お金玉木石のごときなり。修むるに学芸を以てするは、猶お磨瑩雕刻のごときなり。金玉の磨瑩は、自ら其の礦璞を美とし、木石の段塊は、自ら其の雕刻を醜とす。安んぞ木石の雕刻、乃ち金玉の礦璞に勝ると言うべけんや。学有るの貧賤を以て、学無きの富貴に比すべからざるなり。

現代語訳

ある客が主人に難詰して言った。「私は、強い弩と長い戟で罪ある者を討ち民を安んじ、それによって公や侯となった者を見た。文章と道理で役人の務めに習熟し、時世を正し国を富ませ、それによって大臣となった者もいる。学問は古今に通じ、才は文武を兼ねながら、身に俸禄も地位もなく、妻子が飢え凍える者は、数えきれない。どうして学問を尊ぶに足りようか」。主人は答えて言った。「運命の行き詰まりと栄達は、金玉と木石のようなものである。学問と技芸で自分を磨くのは、玉を磨き木を彫るようなものである。金玉を磨けば、磨いていない原石よりも美しい。木石の塊は、彫刻したところで原石より醜い。どうして木石の彫刻が、金玉の原石に勝ると言えようか。学問のある貧賤を、学問のない富貴と比べることはできない」。

解説

「学問しても貧しいままの人が大勢いる、それでも学問に価値があるのか」という直球の問いです。主人の答えは、比較の仕方が違うというもの。素質は金玉か木石かで決まっており、学問はそれを磨く作業にすぎない。だから「学問のある貧しい人」と「学問のない富貴な人」を比べても意味がない。比べるべきは、同じ素質の人が磨いた場合と磨かない場合です。教育や研修の効果を測るとき、受けた人と受けていない人の結果を単純に比べると、この誤りに陥ります。比較の条件を揃えられているかどうかです。

この章句が説くこと

命の窮達は金玉木石の如し修むるに学芸を以てするは磨瑩雕刻の如し比較の条件学問

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