顔氏家訓 / 音辭
孫叔言創爾雅音義、是漢末人獨知反語。至於魏世、此事大行。高貴鄉公不解反語、以為怪異。自茲厥後、音韻鋒出、各有土風、遞相非笑、指馬之諭、未知孰是。共以帝王都邑、參校方俗、考覈古今、為之折衷。搉而量之、獨金陵與洛下耳。
新字:孫叔言創爾雅音義、是漢末人独知反語。至於魏世、此事大行。高貴鄉公不解反語、以為怪異。自茲厥後、音韻鋒出、各有土風、逓相非笑、指馬之諭、未知孰是。共以帝王都邑、参校方俗、考覈古今、為之折衷。搉而量之、独金陵与洛下耳。
書き下し
孫叔言の爾雅音義を創むるは、是れ漢末の人独り反語を知るなり。魏の世に至りて、此の事大いに行わる。高貴郷公は反語を解せず、以て怪異と為す。茲より厥の後、音韻鋒のごとく出で、各おの土風有り、逓いに相い非笑す。指馬の諭、未だ孰れか是なるを知らず。共に帝王の都邑を以て、方俗に参校し、古今を考覈し、之が折衷を為す。搉して之を量るに、独り金陵と洛下とのみ。
現代語訳
孫炎が『爾雅音義』を作ったのは、漢末の人でただ一人反切を知っていたからである。魏の時代になって、このことが大いに行われた。高貴郷公は反切を理解せず、怪しいことだとした。それから後、音韻の説が剣先のように次々と現れ、それぞれ土地の訛りがあって、互いに非難し嘲り合った。鹿を馬というたとえのように、どちらが正しいのか分からない。そこで帝王の都を基準として、地方の言葉と照らし合わせ、古今を検証して、その折衷を求める。それを推し量ってみると、ただ金陵と洛陽の言葉だけである。
解説
基準をどこに置くかという問題です。音韻の説が乱立し、それぞれ自分の土地の訛りを正しいとして争った。決着しないので、顔之推は基準の立て方を提案します。歴代の都の言葉を軸に、地方の言葉と照合し、古今を検証して折衷する。その結果として残るのが金陵と洛陽だと。恣意的に選ぶのではなく、選定の手続きを先に示しています。複数の流儀が争って決着しないとき、どれが正しいかを争う代わりに、何を基準に選ぶかを合意する。基準の選び方を先に決めれば、結論は自動的に出ます。
この章句が説くこと
反語を解せず怪異と為す各おの土風有り逓いに相い非笑す搉して之を量る基準の選定弁舌
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