顔氏家訓 / 養生
夫養生者先須慮禍、全身保性、有此生然後養之、勿徒養其無生也。單豹養於內而喪外、張毅養於外而喪內、前賢所戒也。嵇康著養生之論、而以傲物受刑、石崇冀服餌之征、而以貪溺取禍、往世之所迷也。
新字:夫養生者先須慮禍、全身保性、有此生然後養之、勿徒養其無生也。単豹養於内而喪外、張毅養於外而喪内、前賢所戒也。嵇康著養生之論、而以傲物受刑、石崇冀服餌之征、而以貪溺取禍、往世之所迷也。
書き下し
夫れ養生する者は先ず須らく禍いを慮り、身を全くし性を保つべし。此の生有りて然る後に之を養う。徒らに其の生無きを養うこと勿かれ。単豹は内に養いて外を喪い、張毅は外に養いて内を喪う。前賢の戒むる所なり。嵇康は養生の論を著すも、物に傲るを以て刑を受く。石崇は服餌の徴を冀うも、貪溺を以て禍いを取る。往世の迷う所なり。
現代語訳
養生をする者は、まず禍いを考えて備え、身を全うし本性を保つべきである。この命があってこそ、それを養うのである。むだに、その命がなくなるような養い方をしてはならない。単豹は内面を養って外からの災いに倒れ、張毅は外面を養って内から病んだ。昔の賢者が戒めたことである。嵇康は養生論を著したが、人を見下したために刑を受けた。石崇は仙薬の効き目を期待したが、貪欲におぼれて禍いを招いた。過ぎた世の人が迷ったところである。
解説
養生の前提を問い直す一段です。健康法の前に、身を全うすること——つまり禍いに巻き込まれないことが先だと言う。「徒らに其の生無きを養うこと勿かれ」——命そのものを失う生き方をしていながら体を養っても意味がない。挙げられる例が鋭い。単豹は内面を養って虎に食われ、張毅は外面を養って熱病で死んだ。嵇康は養生論を書きながら人を見下して処刑され、石崇は仙薬を求めながら貪欲で滅びた。健康管理に熱心な人が、人間関係や振る舞いで身を滅ぼす。リスク管理の順序として、まず致命的なものから潰すという原則がここにあります。
この章句が説くこと
養生は先ず禍いを慮る其の生無きを養う勿かれ単豹張毅リスクの順序養生
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