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顔氏家訓 / 文章

劉孝綽當時既有重名、無所與讓、唯服謝朓、常以謝詩置幾案間、動靜輒諷味。簡文愛陶淵明文、亦復如此。江南語曰:「梁有三何、子朗最多。」三何者、遜及思澄、子朗也。子朗信饒清巧。思澄游廬山、每有佳篇、亦為冠絕。

新字:劉孝綽当時既有重名、無所与譲、唯服謝朓、常以謝詩置幾案間、動静輒諷味。簡文愛陶淵明文、亦復如此。江南語曰:「梁有三何、子朗最多。」三何者、遜及思澄、子朗也。子朗信饒清巧。思澄游廬山、毎有佳篇、亦為冠絶。

書き下し

劉孝綽は当時既に重名有り。与に譲る所無し。唯だ謝朓に服す。常に謝の詩を以て幾案の間に置き、動静に輒ち諷味す。簡文は陶淵明の文を愛す。亦復た此くの如し。江南の語に曰く、「梁に三何有り、子朗最も多し」と。三何とは、遜及び思澄・子朗なり。子朗は信に清巧饒し。思澄は廬山に游び、毎に佳篇有り。亦た冠絶と為す。

現代語訳

劉孝綽は当時すでに高い名声があり、誰にも譲るところがなかった。ただ謝朓にだけは心服していた。いつも謝朓の詩を机の上に置き、何かにつけて口ずさんで味わった。簡文帝は陶淵明の文を愛し、やはり同じようにしていた。江南のことわざにいう。「梁には三人の何がいる。子朗が最も多い」。三人の何とは、何遜と何思澄と何子朗である。子朗はまことに清らかで巧みな作が多かった。思澄は廬山に遊び、そのたびに優れた作があった。これもまた抜きん出ていた。

解説

劉孝綽は誰にも譲らなかったが、謝朓にだけは心服し、その詩を机上に置いて絶えず読んでいました。簡文帝も陶淵明について同じでした。前の段で劉孝綽の狭量が描かれた直後に、この習慣が置かれています。人を認めないという評価と、机上に置いて読み続けるという行為が、同じ人物の中に同居している。顔之推はどちらも記録しました。競争相手は認められなくても、届かないと分かっている高みの人には素直になれる。この構造は誰にでもあります。自分が誰を机の上に置いているか、そして誰を認められずにいるか。その二つを並べると、自分の器の形が見えます。

この章句が説くこと

劉孝綽唯だ謝朓に服す幾案の間に置く梁に三何有り

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