顔氏家訓 / 文章
詩云:「孔懷兄弟。」孔、甚也、懷、思也、言甚可思也。陸機與長沙顧母書、述從祖弟士璜死、乃言:「痛心拔腦、有如孔懷。」心既痛矣、即為甚思、何故方言有如也?觀其此意、當謂親兄弟為孔懷。詩云:「父母孔邇。」而呼二親為孔邇、於義通乎?
新字:詩云:「孔懐兄弟。」孔、甚也、懐、思也、言甚可思也。陸機与長沙顧母書、述従祖弟士璜死、乃言:「痛心抜脳、有如孔懐。」心既痛矣、即為甚思、何故方言有如也?観其此意、当謂親兄弟為孔懐。詩云:「父母孔邇。」而呼二親為孔邇、於義通乎?
書き下し
詩に云う、「孔だ兄弟を懐う」と。孔は甚だなり、懐は思うなり。甚だ思うべしと言うなり。陸機の長沙の顧母に与うる書に、従祖弟の士璜の死を述べて、乃ち言う、「心を痛め脳を抜く、孔懐の如き有り」と。心既に痛めり。即ち甚だ思うと為す。何が故に方めて如き有りと言わんや。其の此の意を観るに、当に親兄弟を謂いて孔懐と為すべし。詩に云う、「父母孔だ邇し」と。而るに二親を呼びて孔邇と為さば、義において通ぜんや。
現代語訳
『詩経』にいう。「はなはだ兄弟を思う」。「孔」ははなはだ、「懐」は思うという意味である。「はなはだ思うべきだ」と言っているのである。ところが陸機が長沙の顧氏の叔母に宛てた手紙で、従祖弟の陸士璜の死を述べて、こう書いた。「心を痛め脳を抜かれるようで、孔懐のようなものがある」。心はすでに痛んでいる。それがつまり「はなはだ思う」ということである。どうして今さら「のようなものがある」と言うのか。この書き方を見ると、実の兄弟のことを「孔懐」という名詞だと思っていたらしい。『詩経』には「父母がはなはだ近い」ともある。だからといって両親を「孔邇」と呼んだら、意味が通るだろうか。
解説
「孔懐」は「はなはだ思う」という述語なのに、陸機はそれを「兄弟」を指す名詞だと思って使いました。顔之推の反証が鮮やかです。同じ『詩経』に「父母孔邇」という句がある、では両親を「孔邇」と呼べるか、と問い返す。同じ構文を別の語に代入して、破綻を見せる論法です。誤用を指摘するときに「間違っている」と言うだけでは相手は納得しません。同じ理屈を別の場面に当てはめて、明らかにおかしな結果が出ることを示す。この反証の技術は、議論の場でそのまま使えます。相手の論理を、相手が認めざるを得ない別の例に適用してみせることです。
この章句が説くこと
孔だ兄弟を懐う孔は甚だ懐は思う孔邇代入による反証
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