顔氏家訓 / 風操
嘗有甲設燕席、請乙爲賓、而旦於公庭見乙之子、問之曰:「尊侯早晚顧宅?」乙子稱其父已往。時以爲笑。如此比例、觸類愼之、不可陷於輕脫。
新字:嘗有甲設燕席、請乙為賓、而旦於公庭見乙之子、問之曰:「尊侯早晩顧宅?」乙子称其父已往。時以為笑。如此比例、触類慎之、不可陥於軽脱。
書き下し
嘗て甲有り燕席を設け、乙を請いて賓と為す。而して旦に公庭において乙の子を見、之に問いて曰く、「尊侯は早晩に宅を顧みんや」と。乙の子其の父の已に往けるを称す。時に以て笑いと為す。此くの如きの比例は、類に触れて之を慎み、軽脱に陥るべからず。
現代語訳
あるとき甲という人が宴席を設け、乙を客として招いた。ところが朝、役所の庭で乙の子に会い、こう尋ねた。「お父上はいつ頃わが家にお越しくださいますか」。乙の子は、父はもう出かけましたと答えた。当時これは笑い話とされた。こうした例については、類推してよく気をつけ、軽はずみに陥ってはならない。
解説
何が可笑しかったのかが分かりにくい逸話ですが、要は主催者が自分の宴に客が来る時刻を、その客の子に尋ねてしまった。招いた側が段取りを把握しておらず、しかも身内に確認するという不手際です。子は「もう出ました」と答えるしかない。「軽脱に陥るべからず」——軽はずみを戒めています。自分が主催した場の段取りを、参加者の身内に尋ねる。今でいえば、自社が招いた会の開始時刻を、相手先の部下に聞くようなものです。小さな不手際ですが、相手には「この人は準備していない」と伝わります。人を招く側の責任は、招いた時点から始まっています。
この章句が説くこと
尊侯早晩宅を顧みん軽脱に陥るべからず主催の責任段取り礼儀引き際
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