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顔氏家訓 / 歸心

釋五曰:形體雖死、精神猶存。人生在世、望於後身似不相屬、及其歿後、則與前身似猶老少朝夕耳。世有魂神、示現夢想、或降童妾、或感妻孥、求索飲食、征須福佑、亦為不少矣。今人貧賤疾苦、莫不怨尤前世不修功業、以此而論、安可不為之作地乎?夫有子孫、自是天地間一蒼生耳、何預身事?而乃愛護、遺其基址、況於己之神爽、頓欲棄之哉?

新字:釈五曰:形体雖死、精神猶存。人生在世、望於後身似不相属、及其歿後、則与前身似猶老少朝夕耳。世有魂神、示現夢想、或降童妾、或感妻孥、求索飲食、征須福佑、亦為不少矣。今人貧賤疾苦、莫不怨尤前世不修功業、以此而論、安可不為之作地乎?夫有子孫、自是天地間一蒼生耳、何預身事?而乃愛護、遺其基址、況於己之神爽、頓欲棄之哉?

書き下し

釈の五に曰く、形体死すと雖も、精神猶お存す。人生世に在れば、後身を望むこと相い属せざるに似たり。其の歿する後に及べば、則ち前身と猶お老少朝夕のごときのみ。世に魂神の、夢想に示現し、或いは童妾に降り、或いは妻孥に感じ、飲食を求索し、福佑を徴須するもの有るは、亦た少なからずと為す。今人の貧賤疾苦は、前世に功業を修めざるを怨尤せざるは莫し。此を以て論ずれば、安んぞ之が為に地を作さざるべけんや。夫れ子孫有るも、自ずから是れ天地間の一蒼生なるのみ。何ぞ身の事に預らんや。而るに乃ち愛護して、其の基址を遺す。況んや己の神爽において、頓かに之を棄てんと欲せんや。

現代語訳

第五の反論に答える。肉体は死んでも、精神はなお存在する。人がこの世に生きているうちは、来世の身が自分と続いているようには思えない。しかし死んだ後になれば、前世の身とは老年と少年、朝と夕ほどの隔たりでしかない。世に魂が夢に現れ、あるいは召使いの子に降り、あるいは妻子に感応して、飲食を求め、加護を願うということは、少なくない。今の人は貧しさや病苦を、前世で功徳を積まなかったせいだと怨まないことはない。こう考えれば、どうして来世のために地ならしをしないでいられようか。子孫があるといっても、その子孫は天地の間の一人の人間にすぎず、自分の身とは関わりがない。それでもかわいがり、財産の基礎を残そうとする。まして自分自身の精神について、どうしてあっさり見捨てられようか。

解説

来世の自分と今の自分は別人ではないか、という最も難しい批判への答えです。顔之推の論法が巧みで、比較の対象を子孫に置きます。子孫は厳密には他人であり、自分の身とは関わりがない。それでも人は子孫のために財産を残す。ならば、他人である子孫のために残せるのに、自分自身の精神のために何もしないのはおかしいだろう、と。信仰の是非は別として、この論の運びは学べます。相手が疑っている対象について直接証明するのではなく、相手がすでに受け入れている行動と比較して、一貫性を問う。人は理屈より、自分の既存の行動との整合を突かれると動きます。

この章句が説くこと

形体死すと雖も精神猶お存す其の基址を遺す己の神爽既存の行動との整合

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