顔氏家訓 / 音辭
江南學士讀左傳、口相傳述、自為凡例、軍自敗曰敗、打破人軍曰敗。諸記傳未見補敗反、徐仙民讀左傳、唯一處有此音、又不言自敗、敗人之別、此為穿鑿耳。
新字:江南学士読左伝、口相伝述、自為凡例、軍自敗曰敗、打破人軍曰敗。諸記伝未見補敗反、徐仙民読左伝、唯一処有此音、又不言自敗、敗人之別、此為穿鑿耳。
書き下し
江南の学士は左伝を読むに、口相い伝述して、自ら凡例を為す。軍の自ら敗るるを敗と曰い、人の軍を打破するを敗と曰う。諸の記伝に未だ補敗の反を見ず。徐仙民の左伝を読むに、唯だ一処のみ此の音有り。又た自ら敗ると人を敗るとの別を言わず。此れ穿鑿を為すのみ。
現代語訳
江南の学者は『左伝』を読むとき、口伝えで独自の凡例を作っている。軍が自分から崩れることを「敗」といい、人の軍を打ち破ることも「敗」というが、読み分ける。しかし諸々の記録や伝には「補敗の反」という音注は見当たらない。徐仙民が『左伝』を読むときも、ただ一か所にこの音があるだけで、しかも自分から敗れる場合と人を敗る場合の区別は述べていない。これはこじつけである。
解説
口伝えで作られた読み分けの規則を、根拠がないとして退けた一段です。江南の学者たちは「自ら敗れる」と「人を敗る」を読み分けていました。区別としては合理的に見えます。しかし文献にその音注が見当たらず、唯一の例も区別を述べていない。合理的だからといって、根拠があることにはならない。組織の中で口伝えされている「うちのやり方」も、合理的に聞こえるものほど、根拠を確かめられないまま定着します。誰がいつ決めたのかを辿れないなら、それは規則ではなく習慣です。
この章句が説くこと
口相い伝述して自ら凡例を為す諸の記伝に補敗の反を見ず此れ穿鑿を為すのみ口伝えの規則
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