顔氏家訓 / 文章
每嘗思之、原其所積、文章之體、標舉興會、發引性靈、使人矜伐、故忽於持操、果於進取。今世文士、此患彌切、一事愜當、一句清巧、神厲九霄、志凌千載、自吟自賞、不覺更有傍人。加以砂礫所傷、慘於矛戟、諷刺之禍、速乎風塵、深宜防慮、以保元吉。
新字:毎嘗思之、原其所積、文章之体、標舉興会、発引性霊、使人矜伐、故忽於持操、果於進取。今世文士、此患弥切、一事愜当、一句清巧、神厲九霄、志凌千載、自吟自賞、不覚更有傍人。加以砂礫所傷、惨於矛戟、諷刺之禍、速乎風塵、深宜防慮、以保元吉。
書き下し
毎に嘗て之を思うに、其の積む所を原ぬるに、文章の体は、興会を標挙し、性霊を発引す。人をして矜伐せしめ、故に持操を忽せにし、進取に果なり。今世の文士、此の患いいよいよ切なり。一事愜当し、一句清巧なれば、神は九霄に厲しく、志は千載を凌ぐ。自ら吟じ自ら賞し、更に傍人有るを覚えず。加うるに砂礫の傷つくる所は、矛戟よりも惨し。諷刺の禍いは、風塵よりも速やかなり。深く宜しく防慮して、以て元吉を保つべし。
現代語訳
いつもこれを考えてみるに、積み重なる原因をたどれば、文章というものの性質は、その場の高揚を掲げ、心の働きを引き出すところにある。それが人を得意にさせ、そのために節操をおろそかにし、功名を求めることに大胆になる。今の世の文士には、この弊害がいっそう切実である。一つのことが的を射て、一句が清らかに巧みにできると、心は天の高みに勢いづき、志は千年を越える。自分で吟じ自分で誉め、そばに他人がいることにも気づかない。そのうえ砂利のような小さな言葉が傷つける痛みは、矛や戟よりも惨い。風刺が招く災いは、風や塵よりも速く広まる。深く用心して、大いなる吉を保つべきである。
解説
文人がなぜ揃って身を滅ぼすのか、その分析です。文章という営みは、その場の高揚を掲げ、心を引き出す。だから書けたときに人は得意になり、節操が緩み、功名に大胆になる。一句うまくできると、心は天まで昇り、自分で吟じて自分で誉め、そばに人がいることも忘れる——この描写は現代の発信にそのまま当てはまります。そして刺す側の自覚と、刺された側の痛みの落差。「砂礫の傷つくる所は矛戟よりも惨し」。書いた本人には小石でも、受けた側には刃です。しかも風刺の災いは風より速く広まる。うまく書けたときこそ、公開の前に一拍置く理由がここにあります。
この章句が説くこと
人をして矜伐せしむ自ら吟じ自ら賞す砂礫の傷は矛戟より惨し一拍置く因果応報
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