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顔氏家訓 / 文章

邢子才、魏收俱有重名、時俗準的、以為師匠。邢賞服沈約而輕任昉、魏愛慕任昉而毁沈約、每於談燕、辭色以之。鄴下紛紜、各有朋黨。祖孝征嘗謂吾曰:「任、沈之是非、乃邢、魏之優劣也。」

新字:邢子才、魏収倶有重名、時俗準的、以為師匠。邢賞服沈約而軽任昉、魏愛慕任昉而毁沈約、毎於談燕、辞色以之。鄴下紛紜、各有朋党。祖孝征嘗謂吾曰:「任、沈之是非、乃邢、魏之優劣也。」

書き下し

邢子才・魏収は倶に重名有り。時俗の準的にして、以て師匠と為す。邢は沈約を賞服して任昉を軽んじ、魏は任昉を愛慕して沈約を毀る。毎に談燕において、辞色之を以てす。鄴下紛紜として、各おの朋党有り。祖孝徴嘗て吾に謂いて曰く、「任・沈の是非は、乃ち邢・魏の優劣なり」と。

現代語訳

邢子才と魏収はともに高い名声があった。当時の人々の基準であり、師と仰がれていた。邢は沈約を高く評価して任昉を軽んじ、魏は任昉を慕って沈約をけなした。談笑の席のたびに、言葉つきや表情にそれが表れた。鄴の町は入り乱れて、それぞれ党派ができた。祖孝徴がかつて私に言った。「任昉と沈約のどちらが正しいかという議論は、つまりは邢子才と魏収のどちらが優れているかという話なのだ」。

解説

祖孝徴の一言が鋭い。任昉と沈約の優劣をめぐる文学論争は、実は邢子才と魏収という現役の権威二人の代理戦争だった、というのです。人々は死んだ文人の優劣を論じているつもりで、実際には生きている二人のどちらに付くかを表明していた。議論の対象と、議論の実質がずれている。組織の中でも起こります。方針や手法をめぐる対立が、実は誰に付くかの表明になっているとき、いくら中身を議論しても決着しません。論点が本当に論点なのか、それとも人の代理なのか。祖孝徴のように、構図を言い当てられる人が一人いると、議論の空転が止まります。

この章句が説くこと

邢子才と魏収朋党任沈の是非は邢魏の優劣代理戦争

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