顔氏家訓 / 兄弟
娣姒者、多争之地也、使骨肉居之、亦不若各歸四海、感霜露而相思、佇日月之相望也。況以行路之人、處多争之地、能無閒者鮮矣。所以然者、以其當公務而執私情、處重責而懷薄義也、若能恕己而行、換子而撫、則此患不生矣。
新字:娣姒者、多争之地也、使骨肉居之、亦不若各帰四海、感霜露而相思、佇日月之相望也。況以行路之人、処多争之地、能無閒者鮮矣。所以然者、以其当公務而執私情、処重責而懐薄義也、若能恕己而行、換子而撫、則此患不生矣。
書き下し
娣姒とは、争い多きの地なり。骨肉をして之に居らしむとも、亦た各おの四海に帰り、霜露に感じて相い思い、日月の相い望むを佇つに若かず。況んや行路の人を以て、争い多きの地に処らしむれば、間無き能わざる者鮮なし。然る所以の者は、其の公務に当たりて私情を執り、重責に処りて薄義を懐くを以てなり。若し能く己を恕して行い、子を換えて撫すれば、則ち此の患い生ぜざらん。
現代語訳
兄弟の妻同士という立場は、もともと争いの多い場所である。血のつながった者をそこに置いたとしても、それぞれ遠く離れて暮らし、霜や露の季節に互いを思い、日や月を眺めて相手を待っているほうがよほどよい。まして赤の他人を、争いの多いその場所に置けば、仲を裂かれずにいられる者はまれである。そうなる理由は、公の務めに当たりながら私の情を持ち出し、重い責任の場にありながら薄い義理しか抱いていないからだ。もし自分を許すのと同じ寛さで相手に接し、互いの子を取り替えて育てるほどの気持ちで慈しめば、この禍いは起こらない。
解説
顔之推は、争いを人の性格ではなく「地」——構造のせいにしました。娣姒とは争いの多い地であり、そこに誰を置いても揉める。だから対処は人格改善ではなく、置き方と原則の設定になります。原因は二つ、公務に私情を持ち込むことと、重い責任の場に薄い義理しか持たないこと。処方も二つ、「己を恕して行う」——自分に向ける甘さと同じ甘さを相手に向ける、「子を換えて撫す」——相手の子を自分の子として扱う。役割上どうしても対立する立場を組織に置くとき、担当者の人柄に期待するのは設計の放棄です。対立が構造から来ていることを明示し、判断の原則を先に決めておくこと。
この章句が説くこと
争い多きの地己を恕して行う子を換えて撫す構造から来る対立
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