顔氏家訓 / 名實
韓退嘆曰:「果如所量!」韓又嘗問曰:「玉珽杼上終葵首、當作何形?」乃答云:「珽頭曲圜、勢如葵葉耳。」韓既有學、忍笑為吾說之。
新字:韓退嘆曰:「果如所量!」韓又嘗問曰:「玉珽杼上終葵首、当作何形?」乃答云:「珽頭曲圜、勢如葵葉耳。」韓既有学、忍笑為吾説之。
書き下し
韓退きて嘆じて曰く、「果たして量る所の如し」と。韓又た嘗て問いて曰く、「玉珽の杼上終葵首は、当に何の形を作すべきか」と。乃ち答えて云う、「珽の頭は曲圜、勢いは葵葉の如きのみ」と。韓既に学有り、笑いを忍びて吾が為に之を説けり。
現代語訳
韓晋明は退出して嘆じて言った。「まったく思ったとおりだった」。韓はまたかつて尋ねた。「玉の珽の『杼上終葵首』とは、どういう形になるべきものですか」。彼はこう答えた。「珽の頭は曲がって丸く、その勢いは葵の葉のようです」。韓は学識があったので、笑いをこらえながら私にその話をした。
解説
「終葵」は槌のことで、玉の笏の頭が槌の形に角ばっていることを言います。ところがこの人物は「葵」の字を植物の葵と読み、「葵の葉のような形です」と答えました。字面から連想して、それらしく答えてしまった。分からないと言えばよかったのに、答えられるふりをした。韓晋明は笑いをこらえてその場を収めています。ここには二重の観察があります。一つは、知らないことを取り繕う癖は、必ず具体的な場面で露呈すること。もう一つは、見抜いた側がその場で恥をかかせなかったこと。試すのは事前に、指摘するのは別の場所で。
この章句が説くこと
玉珽の杼上終葵首葵葉の如し笑いを忍ぶ知らないと言えるか
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