顔氏家訓 / 勉學
自古明王聖帝、猶須勤學、況凡庶乎!此事遍於經史、吾亦不能鄭重、聊舉近世切要、以啟寤汝耳。士大夫子弟、數歲已上、莫不被教、多者或至禮、傳、少者不失詩、論。及至冠婚、體性稍定、因此天機、倍須訓誘。有志尚者、遂能磨礪、以就素業、無履立者、自茲墮慢、便為凡人。
新字:自古明王聖帝、猶須勤学、況凡庶乎!此事遍於経史、吾亦不能鄭重、聊舉近世切要、以啟寤汝耳。士大夫子弟、数歳已上、莫不被教、多者或至礼、伝、少者不失詩、論。及至冠婚、体性稍定、因此天機、倍須訓誘。有志尚者、遂能磨礪、以就素業、無履立者、自茲堕慢、便為凡人。
書き下し
古より明王聖帝すら、猶お勤学を須つ。況んや凡庶をや。此の事は経史に遍し。吾も亦た鄭重なる能わず。聊か近世の切要を挙げ、以て汝を啓寤するのみ。士大夫の子弟は、数歳已上、教えを被らざるは莫し。多き者は或いは礼・伝に至り、少なき者も詩・論を失わず。冠婚に至るに及び、体性稍く定まる。此の天機に因りて、倍ます訓誘を須つ。志尚有る者は、遂に能く磨礪して、以て素業に就く。履み立つる無き者は、茲より堕慢して、便ち凡人と為る。
現代語訳
昔から、聡明な王や聖なる帝でさえ、勤めて学ぶ必要があった。まして普通の人はなおさらである。このことは経書にも史書にも至るところに書かれている。私も繰り返すことはできない。ただ近世の要点だけを挙げて、お前たちの目を開かせるだけである。士大夫の子弟は、数歳以上になれば教えを受けないことはない。多い者は『礼記』や『春秋伝』にまで及び、少ない者でも『詩経』や『論語』は外さない。元服や結婚の年齢になると、体つきも性格もようやく定まってくる。この生まれつきの機に乗じて、いっそう教え導く必要がある。志のある者は、そこから自分を磨いて、本来の業に就く。身の立て方が定まらない者は、ここから怠けはじめて、そのまま凡人になる。
解説
勉學篇の書き出しです。注目すべきは分岐点の設定で、元服・結婚の頃に体と性格が定まる、そこが「天機」——生まれつきの好機だと言います。子どもの頃はみな同じように教えられている。差がつくのはこの時期に、いっそう教え導かれるかどうか。ここで磨く者は本業に就き、そうでない者は怠けて凡人になる。人材育成でいえば、入社時ではなく、一通りできるようになった数年後が分岐点だということです。そこで手を離すか、もう一段深く関わるか。多くの組織は、新人研修に手をかけて、この時期の人を放置します。
この章句が説くこと
明王聖帝すら勤学を須つ冠婚に至りて体性稍く定まる天機分岐点学問
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