顔氏家訓 / 書證
詩云:「誰謂荼苦?」爾雅、毛詩傳並以荼、苦菜也。又禮云:「苦菜秀。案:易統通卦驗玄圖曰:「苦菜生於寒秋、更冬歷春、得夏乃成。」今中原苦菜則如此也。一名遊冬、葉似苦苣而細、摘斷有白汁、花黃似菊。
新字:詩云:「誰謂荼苦?」爾雅、毛詩伝並以荼、苦菜也。又礼云:「苦菜秀。案:易統通卦験玄図曰:「苦菜生於寒秋、更冬歴春、得夏乃成。」今中原苦菜則如此也。一名遊冬、葉似苦苣而細、摘断有白汁、花黄似菊。
書き下し
詩に云う、「誰か荼を苦しと謂う」と。爾雅・毛詩伝並びに荼を以て、苦菜なりとす。又た礼に云う、「苦菜秀ず」と。案ずるに、易統通卦験玄図に曰く、「苦菜は寒秋に生じ、冬を更え春を歴て、夏を得て乃ち成る」と。今の中原の苦菜は則ち此くの如し。一名を遊冬と曰う。葉は苦苣に似て細く、摘断すれば白汁有り。花は黄にして菊に似たり。
現代語訳
『詩経』にいう。「誰が荼を苦いと言うのか」。『爾雅』と『毛詩』の伝はどちらも、荼を苦菜のことだとする。また『礼記』にいう。「苦菜が花を咲かせる」。調べてみると、『易統通卦験玄図』にいう。「苦菜は寒い秋に生え、冬を越し春を経て、夏になって成熟する」。今の中原の苦菜はまさにこのとおりである。別名を遊冬という。葉は苦苣に似て細く、摘み切ると白い汁が出る。花は黄色で菊に似ている。
解説
一つの語について、文献を四つ重ねてから、現物の特徴を四つ挙げる手順です。『詩経』の用例、『爾雅』と毛伝の定義、『礼記』の記述、緯書の生育記録。そのうえで、別名、葉の形、切ったときの汁、花の色と形。文献で範囲を絞り、観察で確定する。この順序が重要です。先に現物を見て文献を後付けすると、自分が見たものに合う記述を探すことになります。先に文献で条件を出しておけば、目の前の現物がそれに合うかどうかを判定できる。仮説を先に立ててから観察するという手順が、ここで実演されています。
この章句が説くこと
誰か荼を苦しと謂う苦菜は寒秋に生ず一名を遊冬と曰う条件を先に出す
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