顔氏家訓 / 書證
詩云:「將其來施施。」毛傳云:「施施、難進之意。」鄭箋云:「施施、舒行貌也。」韓詩亦重爲施施。河北毛詩皆云施施。江南舊本、悉單爲施、俗遂是之、恐爲少誤。
新字:詩云:「将其来施施。」毛伝云:「施施、難進之意。」鄭箋云:「施施、舒行貌也。」韓詩亦重為施施。河北毛詩皆云施施。江南旧本、悉単為施、俗遂是之、恐為少誤。
書き下し
詩に云う、「将た其れ来たりて施施たり」と。毛伝に云う、「施施は、進み難きの意なり」と。鄭箋に云う、「施施は、舒ろに行く貌なり」と。韓詩も亦た重ねて施施と為す。河北の毛詩は皆な施施と云う。江南の旧本は、悉く単に施と為す。俗遂に之を是とす。恐らくは少しく誤りと為さん。
現代語訳
『詩経』にいう。「そこにやって来てゆるやかに歩む」。毛伝にいう。「施施は、進みにくいさまである」。鄭玄の箋にいう。「施施は、ゆっくり歩くさまである」。『韓詩』もまた重ねて「施施」としている。河北の『毛詩』はみな「施施」という。江南の古い本は、どれも一字の「施」としている。世間ではそれを正しいとしている。おそらく少し誤りであろう。
解説
畳語か一字かという、ごく細かい異同です。毛伝も鄭箋も『韓詩』も、そして河北の本も畳語で扱っている。江南の古本だけが一字で、それが定着している。四つの証拠と一つの慣行が対立したとき、顔之推は慣行のほうを疑います。ただし断定はせず「恐らくは少しく誤りと為さん」と留保を付ける。証拠の数で優劣がついていても、断定を避けているところに手続きの一貫性があります。手元の慣行が広く行われているというだけでは、根拠になりません。証拠の数と、慣行の広さは別の軸です。
この章句が説くこと
施施は進み難きの意江南の旧本は単に施と為す俗遂に之を是とす慣行と証拠
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