顔氏家訓 / 雜藝
禮曰:「君子無故不徹琴瑟。」古來名士、多所愛好。洎於梁初、衣冠子孫、不知琴者、號有所闕、大同以末、斯風頓盡。然而此樂愔愔雅致、有深味哉!今世曲解、雖變於古、猶足以暢神情也。唯不可令有稱譽、見役勛貴、處之下坐、以取殘杯冷炙之辱。戴安道猶遭之、況爾曹乎!
新字:礼曰:「君子無故不徹琴瑟。」古来名士、多所愛好。洎於梁初、衣冠子孫、不知琴者、号有所闕、大同以末、斯風頓尽。然而此楽愔愔雅致、有深味哉!今世曲解、雖変於古、猶足以暢神情也。唯不可令有称誉、見役勛貴、処之下坐、以取残杯冷炙之辱。戴安道猶遭之、況爾曹乎!
書き下し
礼に曰く、「君子は故無くば琴瑟を徹せず」と。古来の名士、愛好する所多し。梁の初めに洎びて、衣冠の子孫、琴を知らざる者は、闕くる所有りと号せらる。大同の末を以て、斯の風頓かに尽く。然り而して此の楽は愔愔として雅致あり。深き味有るかな。今世の曲解は、古に変ずと雖も、猶お以て神情を暢ぶるに足る。唯だ称誉有らしむべからず。勲貴に役せられ、之を下坐に処き、以て残杯冷炙の辱めを取ればなり。戴安道すら猶お之に遭う。況んや爾曹をや。
現代語訳
『礼記』にいう。「君子は理由もなく琴や瑟を片づけない」。昔からの名士には、これを愛好する者が多かった。梁の初めまでは、名家の子孫で琴を知らない者は、欠けたところがあると言われた。大同の末になって、この気風は急に絶えた。しかしこの音楽は静かで趣があり、深い味わいがある。今の世の曲や解釈は、古とは変わっているが、それでも心を伸びやかにするには十分である。ただ評判が立つようにしてはならない。権勢家に使われ、下座に置かれて、残った杯と冷めた肉の辱めを受けることになるからだ。戴安道でさえそういう目に遭った。ましてお前たちはなおさらである。
解説
音楽についても同じ結論です。愛好せよ、しかし評判を立てるな。理由は具体的で、権勢家に呼ばれて下座に置かれ、残り物を出される。戴安道は琴の名手として知られ、王に演奏を求められて琴を割ったという逸話のある人物です。その人でさえ辱めを受けた。技能が評判になると、それを求める人が現れ、その人との関係で自分の位置が決まってしまう。求められることは、必ずしも尊重されることではありません。何を人に知られるか、知られたときにどう扱われるかまで見ておくことです。
この章句が説くこと
君子は故無くば琴瑟を徹せず称誉有らしむべからず残杯冷炙の辱め求められることと尊重礼楽
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