顔氏家訓 / 歸心
王克為永嘉郡守、有人餉羊、集賓欲燕。而羊繩解、來投一客、先跪兩拜、便入衣中。此客竟不言之、固無救請。須臾、宰羊為羹、先行至客。一臠入口、便下皮內、周行遍體、痛楚號叫、方復說之。遂作羊鳴而死。
新字:王克為永嘉郡守、有人餉羊、集賓欲燕。而羊縄解、来投一客、先跪両拝、便入衣中。此客竟不言之、固無救請。須臾、宰羊為羹、先行至客。一臠入口、便下皮内、周行遍体、痛楚号叫、方復説之。遂作羊鳴而死。
書き下し
王克永嘉の郡守と為る。人の羊を餉る有り。賓を集めて燕せんと欲す。而るに羊縄解けて、来たりて一客に投ず。先ず両拝を跪きて、便ち衣中に入る。此の客竟に之を言わず、固より救請する無し。須臾にして、羊を宰して羹と為し、先ず行りて客に至る。一臠口に入るや、便ち皮内に下り、周く遍体を行く。痛楚号叫して、方めて復た之を説く。遂に羊鳴を作して死せり。
現代語訳
王克が永嘉の郡守であったとき、羊を贈ってきた人がいた。客を集めて宴会をしようとした。ところが羊が縄をほどいて、一人の客のところへ走り寄った。まず二度ひざまずいて拝み、そのまま衣の中に入り込んだ。この客はついにそれを言わず、助けを求めることもしなかった。まもなく羊は屠られて羹にされ、まず最初にその客に運ばれた。一切れを口に入れると、たちまち皮の内側に降りて、体じゅうを巡った。痛みに苦しんで叫び、そこでようやくこの一件を話した。そのまま羊の鳴き声を上げて死んだ。
解説
因果応報譚として書かれていますが、話の焦点は殺生そのものより、客の沈黙にあります。羊は彼のところへ来て、拝んで、衣の中に隠れた。助けを求めるのに十分な出来事です。それでも彼は何も言わなかった。言えば場が白けたでしょうし、主人の面子も潰したでしょう。その沈黙が報いを呼んだという構成になっています。目の前で助けを求められたのに、場の空気を優先して何も言わなかった——この経験は誰にでもあります。説話の枠を外しても、沈黙が最も重い選択になる場面があるという点は残ります。
この章句が説くこと
羊縄解けて一客に投ず先ず両拝を跪く竟に之を言わず沈黙の選択
関連する章句
-
『顔氏家訓』歸心梁の孝元江州に在りし時、人有りて望蔡の県令と為る。劉敬躬の乱を経て、県廨焚かるるを被り、寺に寄りて住す。民将に牛酒もて礼を作さんとす。県令牛を以て旛柱に繋ぎ、形像を屏除し、床坐を鋪設し、堂上において賓を接す。未だ殺さざるの頃、牛解けて、径ちに来たりて階に至りて拝す。県令大いに笑い、左右に命じて之を宰らしむ。飲噉して酔い飽き、便ち檐下に臥す。稍く醒めて体の痒きを覚え、爬掻して隠疹し、因って爾に癩と成り、十許年にして死せり。
-
『顔氏家訓』歸心斉に一奉朝請有り、家甚だ豪侈なり。手ずから牛を殺すに非ざれば、之を噉らうも美ならず。年三十許りにして、病篤し。大いに牛の来たるを見る。挙体刀の刺すが如く、叫呼して終われり。
-
『顔氏家訓』歸心儒家の君子すら、尚お庖厨を離る。其の生を見て其の死に忍びず、其の声を聞きて其の肉を食らわず。高柴・折像は、未だ内教を知らざるも、皆な能く殺さず。此れ乃ち仁者の自然の用心なり。含生の徒は、命を愛せざるは莫し。殺を去るの事は、必ず勉めて之を行え。殺を好むの人は、死に臨みて報験あり、子孫殃禍あり。其の数甚だ多し。悉くは録する能わざるのみ。且く数条を末に示さん。
-
『顔氏家訓』歸心江陵の高偉は、吾に随いて斉に入る。凡そ数年、幽州の澱中に向かいて魚を捕らう。後に病み、毎に群魚の之を嚙むを見て死せり。
-
『顔氏家訓』歸心梁世に人有り、常に鶏卵の白を以て和して沐す。髪をして光らしむと云う。沐する毎に輒ち二三十枚なり。死に臨みて、髪中に但だ啾啾たる数千の鶏雛の声を聞くのみ。
-
『顔氏家訓』歸心楊思達西陽の郡守と為る。侯景の乱に値い、時に復た旱倹なり。飢民田中の麦を盗む。思達一部曲を遣わして守視せしむ。得る所の盗者は、輒ち手腕を截つ。凡そ十余人を戮す。部曲後に一男を生むに、自然に手無し。