顔氏家訓 / 風操
近在揚都、有一士人諱審、而與沈氏交結周厚、沈與其書、名而不姓、此非人情也。
新字:近在揚都、有一士人諱審、而与沈氏交結周厚、沈与其書、名而不姓、此非人情也。
書き下し
近ごろ揚都に在り、一士人の審を諱む有り。而して沈氏と交結すること周厚なり。沈其れに書を与うるに、名のみにして姓せず。此れ人情に非ざるなり。
現代語訳
近ごろ揚都に、亡き親の名が「審」であったために、その字を避ける士人がいた。ところがその人は沈氏と親密に交際していた。沈氏はその人に手紙を書くとき、自分の名だけを記して姓を書かなかった。「沈」が「審」に音が通じるためである。これは人の情として行き過ぎである。
解説
相手の忌み名に配慮して、自分の姓を名乗らずに手紙を書く。配慮としては極まっていますが、顔之推は「人情に非ず」と切り捨てます。姓は自分の出自であり、それを消してまで相手に合わせるのは、もはや礼ではないという判断です。前段の「事に過ぐる」と同じ線上にあります。ここでは、行き過ぎた配慮をする側が問題にされている点が重要です。相手に合わせて自分の根本を消す配慮は、相手を思いやっているようで、実際には関係を歪めます。取引先や上司に合わせて、自社の名や立場を曖昧にしていないか。配慮と自己消去の境目がここにあります。
この章句が説くこと
名のみにして姓せず諱を避ける人情に非ず配慮と自己消去処世敬意
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