顔氏家訓 / 文章
凡詩人之作、刺箴美頌、各有源流、未嘗混雜、善惡同篇也。陸機為齊謳篇、前敘山川物產風教之盛、後章忽鄙山川之情、殊失厥體。其為吳趨行、何不陳子光、夫差乎?京洛行、胡不述赧王、靈帝乎?
新字:凡詩人之作、刺箴美頌、各有源流、未嘗混雑、善悪同篇也。陸機為斉謳篇、前敘山川物産風教之盛、後章忽鄙山川之情、殊失厥体。其為吳趨行、何不陳子光、夫差乎?京洛行、胡不述赧王、霊帝乎?
書き下し
凡そ詩人の作は、刺箴美頌、各おの源流有り。未だ嘗て混雑して、善悪篇を同じくせざるなり。陸機の斉謳の篇を為るや、前には山川物産風教の盛んなるを叙し、後章には忽ち山川の情を鄙しむ。殊に厥の体を失えり。其の呉趨行を為るに、何ぞ子光・夫差を陳べざる。京洛行に、胡ぞ赧王・霊帝を述べざる。
現代語訳
およそ詩人の作品には、風刺と戒め、賛美と頌歌の別があり、それぞれ源流がある。それらを混ぜ合わせて、善と悪を同じ一篇に収めることは、これまでなかった。陸機が「斉謳篇」を作ったとき、前半では山川や産物や教化の盛んなさまを述べ、後半では急に山川の情趣を卑しめた。まったくその体裁を失っている。彼が「呉趨行」を作るなら、どうして子光や夫差の悪事を述べなかったのか。「京洛行」を作るなら、どうして赧王や霊帝の失政を述べなかったのか。
解説
賛美と批判を一つの作品に混ぜてはならない、という指摘です。陸機は斉を詠んだ詩で、前半に賛美を、後半に卑しめる言葉を置いた。顔之推はこれを体裁の破綻と見ます。そして皮肉を重ねる。呉を詠んだ詩では呉の暴君に触れず、洛陽を詠んだ詩では洛陽の暗君に触れなかった。つまり、混ぜる基準が一貫していない。同じ文書の中で称賛と批判を混在させると、読み手はどちらが本意か分からなくなります。評価面談や報告書で、褒めと指摘を一つの文に詰め込むと、たいてい指摘のほうだけが残るか、褒めのほうだけが残ります。目的ごとに文書を分けるほうが伝わります。
この章句が説くこと
刺箴美頌各おの源流有り善悪篇を同じくせず陸機斉謳篇目的で分ける
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