顔氏家訓 / 歸心
楊思達為西陽郡守、值侯景亂、時復旱儉、饑民盜田中麥。思達遣一部曲守視、所得盜者、輒截手腕、凡戮十餘人。部曲後生一男、自然無手。
新字:楊思達為西陽郡守、值侯景乱、時復旱倹、饑民盗田中麦。思達遣一部曲守視、所得盗者、輒截手腕、凡戮十余人。部曲後生一男、自然無手。
書き下し
楊思達西陽の郡守と為る。侯景の乱に値い、時に復た旱倹なり。飢民田中の麦を盗む。思達一部曲を遣わして守視せしむ。得る所の盗者は、輒ち手腕を截つ。凡そ十余人を戮す。部曲後に一男を生むに、自然に手無し。
現代語訳
楊思達が西陽の郡守であったとき、侯景の乱に遭い、そのうえ日照りで作物が乏しかった。飢えた民が畑の麦を盗んだ。思達は一人の家来を遣わして見張らせた。捕らえた盗人は、そのたびに手首を切り落とした。全部で十数人を処罰した。その家来は後に男の子を生んだが、生まれつき手がなかった。
解説
因果応報譚の最後の一つですが、性格が違います。ここで罰を受けたのは命じた郡守ではなく、実行した家来です。飢饉で麦を盗んだ民の手首を切り落とすという処罰を、命令に従って実行した。命令の責任は上にあるはずですが、報いは実行者に来ました。説話としての整合は問えませんが、この配置には意味があります。命じられて行ったことの責任は、命じた人と分け合うのではなく、実行した本人にも丸ごと残る。組織の中で、上の指示だからと非道な処置を実行するとき、その記憶と責任は自分に残ります。命令の存在は、実行の免責になりません。
この章句が説くこと
飢民田中の麦を盗む輒ち手腕を截つ部曲後に一男を生むに手無し実行者の責任天道
関連する章句
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説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
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呂氏春秋・圜道①天道は圜、地道は方なり。聖王、之に法り、上下を立つる所以なり。何を以て天道の圜なるを説くや。精氣一上一下し、圜周復雜して、稽留する所無し。故に天道は圜なりと曰う。何を以て地道の方なるを説くや。萬物類を殊にし形を殊にして、皆分職有り、相為すを能わず。故に地道は方なりと曰う。主は圜を執り、臣は方に處る。方圜易わらざれば、其の國は乃ち昌ゆ。
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