顔氏家訓 / 勉學
人見鄰里親戚有佳快者、使子弟慕而學之、不知使學古人、何其蔽也哉?世人但見跨馬被甲、長槊強弓、便云我能為將、不知明乎天道、辯乎地利、比量逆順、鑒達興亡之妙也。但知承上接下、積財聚穀、便云我能為相、不知敬鬼事神、移風易俗、調節陰陽、薦舉賢聖之至也。
新字:人見鄰里親戚有佳快者、使子弟慕而学之、不知使学古人、何其蔽也哉?世人但見跨馬被甲、長槊強弓、便云我能為将、不知明乎天道、弁乎地利、比量逆順、鑒達興亡之妙也。但知承上接下、積財聚穀、便云我能為相、不知敬鬼事神、移風易俗、調節陰陽、薦舉賢聖之至也。
書き下し
人は隣里親戚に佳快なる者有るを見れば、子弟をして慕いて之に学ばしむ。古人に学ばしむるを知らず。何ぞ其れ蔽えるかな。世人は但だ馬に跨り甲を被り、長槊強弓なるを見て、便ち我能く将と為ると云う。天道に明らかに、地利を辯じ、逆順を比量し、興亡を鑒達するの妙を知らざるなり。但だ上を承け下に接し、財を積み穀を聚むるを知りて、便ち我能く相と為ると云う。鬼を敬い神に事え、風を移し俗を易え、陰陽を調節し、賢聖を薦挙するの至りを知らざるなり。
現代語訳
人は近所や親戚に優れた者がいると、自分の子弟に憧れさせてそれに学ばせる。昔の人に学ばせることを知らない。なんと目が曇っていることか。世の人は、馬に跨り鎧をまとい、長い矛と強い弓を持つのを見ただけで、自分も将軍になれると言う。天の道に明るく、地の利を弁え、逆と順を比べ量り、興亡を見通す妙を知らない。ただ上に仕え下を束ね、財を蓄え穀物を集めることを知っただけで、自分も宰相になれると言う。鬼神を敬い祭り、風俗を改め、陰陽を調え、賢者を推挙するという極意を知らない。
解説
手本を近所に求めることの限界を突いた一段です。身近な優れた人を見習わせるのは自然ですが、その人の見えている部分だけが手本になります。将軍を見て、馬と鎧と武器を見習う。宰相を見て、上への仕え方と蓄財を見習う。どちらも外から見える部分です。実際に必要な判断力や見通しは見えないので、模倣の対象になりません。近い手本は、模倣しやすいぶん、表面だけを写します。古人に学べというのは、記録として残っているのが判断の中身のほうだからです。
この章句が説くこと
隣里親戚に佳快なる者古人に学ばしむるを知らず天道に明らか地利を弁ず見える部分の模倣学問
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