顔氏家訓 / 治家
婦人之性、率寵子壻而虐兒婦。寵壻、則兄弟之怨生焉、虐婦、則姊妹之讒行焉。然則女之行留、皆得罪於其家者、母實爲之。至有諺云:「落索阿姑餐。」此其相報也。家之常弊、可不誡哉!
新字:婦人之性、率寵子壻而虐児婦。寵壻、則兄弟之怨生焉、虐婦、則姊妹之讒行焉。然則女之行留、皆得罪於其家者、母実為之。至有諺云:「落索阿姑餐。」此其相報也。家之常弊、可不誡哉!
書き下し
婦人の性は、率ね子壻を寵して児婦を虐ぐ。壻を寵すれば、則ち兄弟の怨み生ず。婦を虐ぐれば、則ち姊妹の讒行わる。然らば則ち女の行留は、皆な其の家に罪を得るは、母実に之を為すなり。諺に云う有るに至る、「落索たる阿姑の餐」と。此れ其の相い報ゆるなり。家の常弊なり。誡めざるべけんや。
現代語訳
女性の性として、おおむね娘婿をかわいがり、嫁を虐げる。婿をかわいがれば、兄弟の怨みが生じる。嫁を虐げれば、姉妹の讒言が行われる。そうであれば、娘が嫁ぐにせよ家に留まるにせよ、どちらもその家で罪を得ることになるのは、実は母がそうさせているのである。ことわざに「うら寂しい姑の食事」というものまである。これはその報いである。家の常なる弊害である。戒めないでいられようか。
解説
身内への扱いの偏りが、めぐって自分に返ってくる構図です。婿を厚遇し嫁を虐げると、兄弟からは怨まれ、姉妹からは讒言される。そして年老いたときに、寂しい食事をとることになる。「落索たる阿姑の餐」——うら寂しい姑の食事、ということわざが当時あったこと自体が、この現象がありふれていた証拠です。今の扱いが、将来の自分への扱いを決める。組織でも、若い頃に人をどう扱ったかが、自分が力を失った後の扱いとして返ってきます。因果というより、単純な記憶の問題です。
この章句が説くこと
子壻を寵して児婦を虐ぐ母実に之を為す落索たる阿姑の餐返ってくる扱い人間関係
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