顔氏家訓 / 歸心
天漢懸指、那不散落?水性就下、何故上騰?天地初開、便有星宿、九州未劃、列國未分、翦疆區野、若為躔次?封建已來、誰所制割?國有增減、星無進退、災祥禍福、就中不差、幹象之大、列星之夥、何為分野、止系中國?昴為旄頭、匈奴之次、西胡、東越、雕題、交址、獨棄之乎?以此而求、迄無了者、豈得以人事尋常、抑必宇宙外也?
新字:天漢懸指、那不散落?水性就下、何故上騰?天地初開、便有星宿、九州未劃、列国未分、翦疆区野、若為躔次?封建已来、誰所制割?国有增減、星無進退、災祥禍福、就中不差、幹象之大、列星之夥、何為分野、止系中国?昴為旄頭、匈奴之次、西胡、東越、雕題、交址、独棄之乎?以此而求、迄無了者、豈得以人事尋常、抑必宇宙外也?
書き下し
天漢懸指するも、那ぞ散落せざる。水性は下に就く。何が故に上騰する。天地初めて開くに、便ち星宿有り。九州未だ劃せず、列国未だ分かれざるに、疆を翦り野を区するに、若為ぞ躔次せん。封建已来、誰の制割する所ぞ。国に増減有るも、星に進退無し。災祥禍福、中に就きて差わず。幹象の大、列星の夥しきに、何為れぞ分野は、止だ中国に系るのみ。昴を旄頭と為すは、匈奴の次なり。西胡・東越・雕題・交址は、独り之を棄てんや。此を以て求むるに、迄に了る者無し。豈に人事の尋常を以て、必ずしも宇宙の外を抑うるを得んや。
現代語訳
天の川は空に懸かっているのに、どうして散り落ちないのか。水の性質は下に流れる。それなのになぜ上に昇るのか。天地が開けたときには、すでに星宿があった。まだ九州も区画されず、諸国も分かれていないのに、境を切り野を区分して、どうやって星の位置を割り当てたのか。封建の制が始まって以来、誰が割り振ったのか。国には増減があるのに、星には進退がない。それでも災いや吉兆、禍福は、その中で外れることがない。天体の大きさ、星の多さに対して、どうして分野は中国だけに割り当てられているのか。昴を旄頭とするのは匈奴の分野である。西の胡、東の越、雕題や交趾は、それだけ切り捨てるのか。こうして求めていっても、ついに分かる者はいない。どうして人の世の常識で、宇宙の外のことを推し量って否定できようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『顔氏家訓』歸心日月星辰、若し皆な是れ気ならば、気体軽浮にして、当に天と合すべし。往来環転して、錯違するを得ず。其の間の遅疾、理として宜しく一等なるべし。何が故に日月五星二十八宿、各おの度数有り、移動均しからざる。寧んぞ当に気墜ちて、忽ち変じて石と為るべけんや。地既に滓濁なれば、法として応に沈厚なるべし。土を鑿ちて泉を得るに、乃ち水上に浮かぶ。積水の下に、復た何物有らんや。江河百谷は、何処より生ずる。東流して海に到るも、何為れぞ溢れざる。帰塘尾閭は、渫きて何の到る所ぞ。沃焦の石は、何の気の然やす所ぞ。潮汐の去還は、誰の節度する所ぞ。
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『顔氏家訓』歸心釈の一に曰く、夫れ遥大の物は、寧んぞ度量すべけんや。今人の知る所は、天地に若くは莫し。天は積気と為し、地は積塊と為し、日は陽精と為し、月は陰精と為し、星は万物の精と為すは、儒家の安んずる所なり。星に墜落する有れば、乃ち石と為る。精若し是れ石ならば、光有るを得ず。性又た質重なり。何の系属する所ぞ。一星の径、大なる者は百里、一宿の首尾、相い去ること数万。百里の物、数万相い連なり、闊狭従斜、常に盈縮せず。又た星と日月と、形色同じきのみ。但だ大小を以て其の等差と為す。然らば則ち日月も又た当に石なるべきか。石既に牢密なれば、烏兎焉んぞ容れん。石気中に在らば、豈に能く独り運らんや。
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『顔氏家訓』歸心凡そ人の信ずるは、唯だ耳と目とのみ。耳目の外は、咸な疑いを致す。儒家の天を説くに、自ずから数義有り。或いは渾、或いは蓋、乍ち宣、乍ち安なり。斗極の周る所、管維の属する所、若し親しく見る所ならば、同じからざるを容れず。若し測量する所ならば、寧んぞ依拠するに足らんや。何が故に凡人の臆説を信じ、大聖の妙旨に迷い、而して必ず恒沙の世界、微塵数劫無からんと欲するや。而して鄒衍にも亦た九州の談有り。山中の人は魚の木の如く大なるを信ぜず。海上の人は木の魚の如く大なるを信ぜず。漢の武は弦膠を信ぜず、魏の文は火布を信ぜず、胡人は錦を見て、虫の樹を食い糸を吐きて成す所有るを信ぜず。昔江南に在りては、千人の氈帳有るを信ぜず、河北に来たるに及びては、二万斛の船有るを信ぜず。皆な実験なり。
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呂氏春秋・有始③何をか九野と謂う。中央を鈞天と曰う、其の星は角・亢・氐。東方を蒼天と曰う、其の星は房・心・尾。東北を變天と曰う、其の星は箕・斗・牽牛。北方を玄天と曰う、其の星は婺女・虚・危・營室。西北を幽天と曰う、其の星は東壁・奎・婁。西方を顥天と曰う、其の星は胃・昴・畢。西南を朱天と曰う、其の星は觜嶲・參・東井。南方を炎天と曰う、其の星は輿鬼・柳・七星。東南を陽天と曰う、其の星は張・翼・軫。
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説苑・辨物易に曰わく、「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す」と。是の故に幽明の故を知る。夫れ天文地理、人情の効、心に存すれば、則ち聖智の府なり。是の故に古えの聖王既に天下に臨めば、必ず四時を変じ、律暦を定め、天文を考え、時変を揆り、霊台に登りて気氛を望む。故に堯曰わく、「咨(ああ)爾舜よ、天の暦数爾が躬に在り、允に其の中を執れ、四海困窮せば」と。書に曰わく、「璿璣玉衡に在りて、以て七政を斉う」と。璿璣とは此の辰、勾陳枢星なり。其の魁杓の指す所を以て二十八宿の吉凶禍福と為す。天文列舎の盈縮の占い、各々類を以て験と為す。夫れ変を占うの道は二のみ。二とは陰陽の数なり。故に易に曰わく、「一陰一陽、之を道と謂う。道なる者は、物の動くこと道に由らざるは莫し」と。是の故に一に発し、二に成り、三に備わり、四に周く、五に行わる。是の故に玄象の著明なるは、日月より大なるは莫し。変の動を察するは、五星より著るきは莫し。天の五星は気を五行に運らし、其の初めは猶お陰陽より発し、化は万一千五百二十に極まる。所謂二十八星とは、東方を角亢氐房心尾箕と曰い、北方を斗牛須女虚危営室東壁と曰い、西方を奎婁胃昂畢觜参と曰い、南方を東井輿鬼柳七星張翼軫と曰う。所謂宿とは、日月五星の宿る所なり。其の宿に在りて外内を運る者は、宮を以て名を別つ。其の根荄は皆地に発して華は天に形わる。所謂五星とは、一に歳星と曰い、二に熒惑と曰い、三に鎮星と曰い、四に太白と曰い、五に辰星と曰う。欃槍・彗孛・旬始・枉矢・蚩尤の旗は、皆五星盈縮の生ずる所なり。五星の犯す所、各々金木水火土を以て占と為す。春秋冬夏の伏見時有り、其の常を失い、其の時を離るれば則ち変異と為し、其の時を得て其の常に居れば、是を吉祥と謂う。古えに四時を主る者有り。春を主る者は張、昏にして中す、以て穀を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。夏を主る者は大火、昏にして中す、以て黍菽を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。秋を主る者は虚、昏にして中す、以て麦を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。冬を主る者は昴、昏にして中す、以て斬伐・田猟・蓋蔵すべし、上は之を天子に告げ、下は之を民に布く。故に天子南面して四星の中するを視、民の緩急を知り、急なれば賦籍せず、力役を挙げず。書に曰わく、「敬んで民に時を授く」と。詩に曰わく、「物其れ有り、維れ其れ時なり」と。物の有りて絶えざる所以は、其の動くに時を以てすればなり。
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『顔氏家訓』歸心俗の謗る者は、大抵五有り。其の一は、世界外の事及び神化の方無きを以て迂誕と為すなり。其の二は、吉凶禍福の或いは未だ報応せざるを以て欺誑と為すなり。其の三は、僧尼の行業の多くは精純ならざるを以て奸慝と為すなり。其の四は、金宝を糜費し課役を減耗するを以て損国と為すなり。其の五は、縦い因縁の善悪に報ゆるが如き有りとも、安んぞ能く今日の甲を辛苦せしめて、後世の乙を利益せんや、と。異人と為すなり。今並びに之を下に釈かん。