顔氏家訓 / 風操
親表聚集、致燕享焉。自茲已後、二親若在、每至此日、嘗有酒食之事耳。無教之徒、雖已孤露、其日皆爲供頓、酣暢聲樂、不知有所感傷。梁孝元年少之時、每八月六日載誕之辰、常設齋講、自阮修容薨歿之後、此事亦絶。
新字:親表聚集、致燕享焉。自茲已後、二親若在、毎至此日、嘗有酒食之事耳。無教之徒、雖已孤露、其日皆為供頓、酣暢声楽、不知有所感傷。梁孝元年少之時、毎八月六日載誕之辰、常設斎講、自阮修容薨歿之後、此事亦絶。
書き下し
親表聚集し、燕享を致す。茲より已後、二親若し在らば、毎に此の日に至れば、嘗て酒食の事有るのみ。教え無きの徒は、已に孤露なりと雖も、其の日皆な供頓を為し、酣暢声楽して、感傷する所有るを知らず。梁の孝元年少の時、毎に八月六日の載誕の辰、常に斎講を設く。阮修容の薨没の後より、此の事も亦た絶ゆ。
現代語訳
親族が集まって宴を催す。これから後は、両親が健在であれば、毎年この日には酒食の集まりがあるというだけのことである。教えを受けていない者は、すでに親を亡くしていても、その日にはみな盛大なもてなしをし、酔って音楽を奏で、心を傷めるべきことがあるのを知らない。梁の元帝は若い頃、毎年八月六日の誕生日には、いつも斎会を設けて講義を行った。母の阮修容が亡くなった後は、これも途絶えた。
解説
誕生日をどう扱うかについての一段です。顔之推の考えでは、誕生日は生まれた喜びの日である以上に、産んだ親を思う日です。だから親が健在なうちは祝宴でよいが、親を亡くした後に酔って音楽を奏でるのは、思い違いだと言う。祝いの日が誰のための日かという視点の転換です。梁の元帝が誕生日に講義の会を設けていたのは、その日を自分のためではなく学びのために使った例として引かれています。記念日や周年行事を設計するとき、それが誰を称える日なのかを問い直すと、内容が変わることがあります。自分の創業記念日を、支えた人を思う日として使う手もあります。
この章句が説くこと
載誕の辰斎講を設く孤露なるも供頓す記念日は誰のためか敬意礼
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