顔氏家訓 / 音辭
其謬失輕微者、則南人以錢為涎、以石為射、以賤為羨、以是為舐、北人以庶為戍、以如為儒、以紫為姊、以洽為狎。如此之例、兩失甚多。至鄴已來、唯見崔子約、崔瞻叔姪、李祖仁、李蔚兄弟、頗事言詞、少為切正。李季節著音韻決疑、時有錯失、陽休之造切韻、殊為疏野。吾家兒女、雖在孩稚、便漸督正之、一言訛替、以為己罪矣。云為品物、未考書記者、不敢輒名、汝曹所知也。
新字:其謬失軽微者、則南人以銭為涎、以石為射、以賤為羨、以是為舐、北人以庶為戍、以如為儒、以紫為姊、以洽為狎。如此之例、両失甚多。至鄴已来、唯見崔子約、崔瞻叔姪、李祖仁、李蔚兄弟、頗事言詞、少為切正。李季節著音韻決疑、時有錯失、陽休之造切韻、殊為疏野。吾家児女、雖在孩稚、便漸督正之、一言訛替、以為己罪矣。云為品物、未考書記者、不敢輒名、汝曹所知也。
書き下し
其の謬失の軽微なる者は、則ち南人は銭を以て涎と為し、石を以て射と為し、賎を以て羨と為し、是を以て舐と為す。北人は庶を以て戍と為し、如を以て儒と為し、紫を以て姊と為し、洽を以て狎と為す。此くの如きの例、両つながら失甚だ多し。鄴に至りて已来、唯だ崔子約・崔瞻の叔姪、李祖仁・李蔚の兄弟の、頗る言詞を事とし、少しく切正を為すを見るのみ。李季節は音韻決疑を著すも、時に錯失有り。陽休之は切韻を造るも、殊に疎野と為す。吾が家の児女は、孩稚に在りと雖も、便ち漸く之を督正す。一言の訛替も、以て己が罪と為すなり。云為品物の、未だ書記を考えざる者は、敢えて輒ち名づけず。汝曹の知る所なり。
現代語訳
その誤りのうち軽いものでは、南方の人は「銭」を「涎」と発音し、「石」を「射」と発音し、「賤」を「羨」と発音し、「是」を「舐」と発音する。北方の人は「庶」を「戍」と発音し、「如」を「儒」と発音し、「紫」を「姊」と発音し、「洽」を「狎」と発音する。こうした例は、双方に非常に多い。鄴に来てからは、ただ崔子約と崔瞻の叔父甥、李祖仁と李蔚の兄弟が、かなり言葉づかいに気を配り、いくらか正確であるのを見ただけである。李季節は『音韻決疑』を著したが、ときに誤りがある。陽休之は『切韻』を作ったが、たいそう粗雑である。私の家の子どもたちは、まだ幼くても、少しずつ正すようにしている。一語の訛りも、自分の落ち度としている。物の名で、まだ書物で確かめていないものは、軽々しく名づけない。お前たちもよく知っているとおりである。
解説
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『顔氏家訓』音辭南方は水土和柔にして、其の音は清挙にして切詣なり。失は浮浅に在り、其の辞は鄙俗多し。北方は山川深厚にして、其の音は沈濁にして鈋鈍なり。其の質直を得、其の辞は古語多し。然れども冠冕の君子は、南方を優と為し、閭里の小人は、北方を愈れりと為す。服を易えて之と談ぜば、南方の士庶は、数言にして弁ずべし。垣を隔てて其の語を聴かば、北方の朝野は、終日分かち難し。而して南は呉・越に染まり、北は夷虜を雑う。皆な深弊有り。具さには論ずべからず。
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『顔氏家訓』音辭古今の言語、時俗同じからず。著述の人、楚・夏各おの異なる。蒼頡訓詁は稗を反して逋売と為し、娃を反して於乖と為す。戦国策は刎を音して免と為し、穆天子伝は諫を音して間と為す。説文は戛を音して棘と為し、皿を読みて猛と為す。字林は看を音して口甘の反と為し、伸を音して辛と為す。韻集は成・仍・宏・登を以て合わせて両韻と成し、為・奇・益・石を分かちて四章と作す。李登の声類は系を以て羿と音し、劉昌宗の周官音は乗を読みて承の若しとす。此の例甚だ広し。必ず考校を須つ。前世の反語も、又た多く切ならず。徐仙民の毛詩音は驟を反して在遘と為し、左伝音は椽を切して徒縁と為す。依信すべからざるも、亦た衆しと為す。
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『顔氏家訓』音辭河北は攻の字を切して古琮と為し、工・公・功の三字と同じからず。殊に僻と為す。比世に人の暹と名づけて、自ら称して繊と為し、琨と名づけて、自ら称して袞と為し、洸と名づけて、自ら称して汪と為し、䋤と名づけて、自ら称して獡と為す有り。唯だ音韻の舛錯するのみに非ず、亦た其の児孫をして避諱紛紜たらしむ。
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『顔氏家訓』音辭今の学士も、語亦た正しからず。古独り何人ぞ、必ずしも応に其の偽僻に随うべけんや。通俗文に曰く、「室に入りて求むるを捜と曰う」と。反して兄侯と為す。然らば則ち兄は当に所栄の反と音すべし。今北俗は通じて此の音を行うも、亦た古語の用うべからざる者なり。璵璠は、魯人の宝玉なり。当に余煩と音すべきに、江南は皆な藩屏の藩と音す。岐山は当に音を奇と為すべきに、江南は皆な呼びて神祇の祇と為す。江陵の陥没するや、此の音関中に被る。知らず、二者は何の承案する所ぞ。吾が浅学を以てしては、未だ之を前に聞かざるなり。
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『顔氏家訓』書證自ずから訛謬有りて、過ぎて鄙俗を成す。「乱」の傍らを「舌」と為し、「揖」の下に「耳」無く、「黿」「鼉」は「亀」に従い、「奮」「奪」は「雚」に従い、「席」の中に「帯」を加え、「悪」の上に「西」を安んじ、「鼓」の外に「皮」を設け、「鑿」の頭に「毀」を生じ、「離」は則ち「禹」を配し、「壑」は乃ち「豁」を施し、「巫」は「経」の傍らに混じり、「皋」は「沢」の片に分かれ、「猟」は化して「獦」と為り、「寵」は変じて「竉」と成り、「業」の左に「片」を益し、「霊」の底に「器」を著く。「率」の字は自ずから律の音有るに、強いて改めて別と為す。「単」の字は自ずから善の音有るに、輒ち析ちて異と成す。此くの如きの類は、治めざるべからず。
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『顔氏家訓』文章古より宏才博学にして、事を用いて誤る者有り。百家の雑説、或いは同じからざる有り。書儻し湮滅して、後人見ざれば、故に未だ敢えて軽々しく之を議せず。今指して決して紕繆なるを知る者は、略ぼ一両端を挙げて以て誡めと為す。詩に云う、「鷕たる有り雉鳴く」と。又た曰く、「雉鳴きて其の牡を求む」と。毛伝にも亦た曰く、「鷕は雌雉の声なり」と。又た云う、「雉の朝に雊くは、尚お其の雌を求む」と。鄭玄の月令に注するにも亦た云う、「雊は雄雉の鳴くなり」と。潘岳の賦に曰く、「雉は鷕鷕として以て朝に雊く」と。是れ則ち其の雄雌を混雑せり。