顔氏家訓 / 文章
自古宏才博學、用事誤者有矣、百家雜說、或有不同、書儻湮滅、後人不見、故未敢輕議之。今指知決紕繆者、略舉一兩端以為誡。詩云:「有鷕雉鳴。」又曰:「雉鳴求其牡。」毛傳亦曰:「鷕、雌雉聲。」又云:「雉之朝雊、尚求其雌。」鄭玄注月令亦云:「雊、雄雉鳴。」潘岳賦曰:「雉鷕鷕以朝雊。」是則混雜其雄雌矣。
新字:自古宏才博学、用事誤者有矣、百家雑説、或有不同、書儻湮滅、後人不見、故未敢軽議之。今指知決紕繆者、略舉一両端以為誡。詩云:「有鷕雉鳴。」又曰:「雉鳴求其牡。」毛伝亦曰:「鷕、雌雉声。」又云:「雉之朝雊、尚求其雌。」鄭玄注月令亦云:「雊、雄雉鳴。」潘岳賦曰:「雉鷕鷕以朝雊。」是則混雑其雄雌矣。
書き下し
古より宏才博学にして、事を用いて誤る者有り。百家の雑説、或いは同じからざる有り。書儻し湮滅して、後人見ざれば、故に未だ敢えて軽々しく之を議せず。今指して決して紕繆なるを知る者は、略ぼ一両端を挙げて以て誡めと為す。詩に云う、「鷕たる有り雉鳴く」と。又た曰く、「雉鳴きて其の牡を求む」と。毛伝にも亦た曰く、「鷕は雌雉の声なり」と。又た云う、「雉の朝に雊くは、尚お其の雌を求む」と。鄭玄の月令に注するにも亦た云う、「雊は雄雉の鳴くなり」と。潘岳の賦に曰く、「雉は鷕鷕として以て朝に雊く」と。是れ則ち其の雄雌を混雑せり。
現代語訳
昔から才が広く学識のある人でも、典拠の使い方を誤ることはある。諸家の説はときに食い違うこともあり、書物が失われて後の人が見られないこともあるから、軽々しく論じることはしない。しかしここで、はっきり誤りと分かるものを、一つ二つ挙げて戒めとする。『詩経』にいう。「鷕という声がして雉が鳴く」。またいう。「雌雉が鳴いてその雄を求める」。毛伝にもいう。「鷕は雌雉の声である」。またいう。「雉が朝に雊くのは、その雌を求めるためである」。鄭玄が『月令』に注してもいう。「雊は雄雉が鳴くことである」。ところが潘岳の賦にいう。「雉が鷕鷕と鳴いて朝に雊く」。これでは雄と雌を混同している。
解説
誤用の指摘に入る前に、顔之推はまず留保を置きます。諸説が食い違うことも、書物が失われて確かめようがないこともあるから、軽々しく論じない。そのうえで「決して紕繆なるを知る者」——確実に誤りと分かるものだけを挙げる。批判の前に、自分が誤る可能性を先に潰しています。例として挙げるのは、雌の鳴き声を表す語と雄の鳴き声を表す語を同じ句に並べた潘岳の賦。複数の典拠を並べて、誤りであることを動かせなくしています。人の誤りを指摘するとき、確実な範囲に限り、根拠を複数示す。この手順を踏むかどうかで、指摘が通るかどうかが変わります。
この章句が説くこと
未だ敢えて軽々しく議せず決して紕繆なるを知る者雉の雄雌指摘の手順
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