顔氏家訓 / 文章
江南文制、欲人彈射、知有病累、隨即改之、陳王得之於丁廙也。山東風俗、不通擊難。吾初入鄴、遂嘗以此忤人、至今為悔、汝曹必無輕議也。
新字:江南文制、欲人弾射、知有病累、随即改之、陳王得之於丁廙也。山東風俗、不通擊難。吾初入鄴、遂嘗以此忤人、至今為悔、汝曹必無軽議也。
書き下し
江南の文製は、人の弾射を欲す。病累有るを知れば、随いて即ち之を改む。陳王の之を丁廙に得たるなり。山東の風俗は、撃難に通ぜず。吾初め鄴に入り、遂に嘗て此を以て人に忤る。今に至るまで悔いと為す。汝曹必ず軽議する無かれ。
現代語訳
江南で文章を作るときは、人に批評してもらいたがる。欠点があると分かれば、すぐにそれを直す。陳思王曹植がこれを丁廙から得たやり方である。山東の風俗では、批判のやりとりが通じない。私は初めて鄴に入ったとき、このことで人の機嫌を損ねてしまった。今に至るまで悔いている。お前たちは軽々しく批評してはならない。
解説
批評を求める文化と、批評が通じない文化の衝突です。顔之推は江南出身なので、良かれと思って人の文章に意見を述べ、相手を怒らせました。何十年経っても悔いていると書いています。ここで彼が子に伝えるのは、批評はよいことだという原則ではなく、「汝曹必ず軽議する無かれ」——軽々しく批評するな、という自制です。自分の文化圏では美徳だった振る舞いが、別の場所では侮辱になる。しかも本人には悪意がないので、なぜ怒られたのか分からない。異なる組織や地域に移ったとき、まず観察すべきは、そこでフィードバックがどう扱われているかです。
この章句が説くこと
人の弾射を欲す病累有れば随いて改む撃難に通ぜず軽議する無かれ
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