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顔氏家訓 / 文章

至于帝王、亦或未免。自昔天子而有才華者、唯漢武、魏太祖、文帝、明帝、宋孝武帝、皆負世議、非懿德之君也。自子游、子夏、荀況、孟軻、枚乘、賈誼、蘇武、張衡、左思之儔、有盛名而免過患者、時復聞之、但其損敗居多耳。

新字:至于帝王、亦或未免。自昔天子而有才華者、唯漢武、魏太祖、文帝、明帝、宋孝武帝、皆負世議、非懿徳之君也。自子游、子夏、荀況、孟軻、枚乗、賈誼、蘇武、張衡、左思之儔、有盛名而免過患者、時復聞之、但其損敗居多耳。

書き下し

帝王に至るも、亦た或いは未だ免れず。昔より天子にして才華有る者は、唯だ漢の武、魏の太祖・文帝・明帝、宋の孝武帝のみ。皆な世議を負い、懿徳の君に非ざるなり。子游・子夏・荀況・孟軻・枚乗・賈誼・蘇武・張衡・左思の儔より、盛名有りて過患を免るる者は、時に復た之を聞くも、但だ其の損敗居ること多きのみ。

現代語訳

帝王に至っても、やはり免れない者がいる。昔から天子で文才のあった者は、漢の武帝、魏の太祖曹操・文帝曹丕・明帝曹叡、宋の孝武帝だけである。みな世の非難を負っており、麗しい徳の君主ではなかった。子游・子夏・荀況・孟軻・枚乗・賈誼・蘇武・張衡・左思といった人々のうち、高い名声がありながら過失や災いを免れた者も、ときには聞くけれども、やはり損ない失敗した例のほうが多い。

解説

前段の文人批判を、帝王にまで広げた一段です。文才のあった天子は五人しかおらず、しかも全員が世の非難を負っていた。孔子の門人や思想家まで含めても、「盛名有りて過患を免るる者」は例外的で、失敗のほうが多い。ここまで来ると、個々の人格の問題ではなく、才能と地位の組み合わせに内在する危険を論じていることが分かります。地位が高く、しかも人より優れた表現力を持つ人は、抑えるものがなくなる。組織のトップが、加えて特定分野で突出した能力を持っているとき、その分野については誰も止められなくなります。止める仕組みを自分で作れるかどうかが分かれ目です。

この章句が説くこと

帝王に至るも未だ免れず皆な世議を負う盛名有りて過患を免る才能と地位人材登用

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