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顔氏家訓 / 教子

齊朝有一士大夫、嘗謂吾曰:「我有一兒、年已十七、頗曉書疏、教其鮮卑語及彈琵琶、稍欲通解、以此伏事公卿、無不寵愛、亦要事也。」吾時俛而不答。異哉、此人之教子也!若由此業、自致卿相、亦不願汝曹爲之。

新字:斉朝有一士大夫、嘗謂吾曰:「我有一児、年已十七、頗暁書疏、教其鮮卑語及弾琵琶、稍欲通解、以此伏事公卿、無不寵愛、亦要事也。」吾時俛而不答。異哉、此人之教子也!若由此業、自致卿相、亦不願汝曹為之。

書き下し

斉朝に一士大夫有り、嘗て吾に謂いて曰く、「我に一児有り、年已に十七、頗る書疏を暁る。其れに鮮卑語及び琵琶を弾ずるを教え、稍く通解せんと欲す。此を以て公卿に伏事せしめば、寵愛せざる無からん、亦た要事なり」と。吾時に俛して答えず。異なるかな、此の人の子を教うるや。若し此の業に由りて、自ら卿相を致すとも、亦た汝曹の之を為さんことを願わず。

現代語訳

北斉の朝廷に一人の士大夫がいて、かつて私にこう言った。「私には子が一人おり、もう十七歳で、文書のことはかなり分かる。この子に鮮卑語と琵琶の演奏を教えて、少しずつ習得させようとしている。これで公卿にお仕えさせれば、かわいがられないはずがない。これも大事なことだ」。私はそのとき、うつむいて答えなかった。異様なことだ、この人の子の教え方は。もしこの技によって自分から大臣の位まで上ったとしても、私はお前たちにそれをしてほしいとは思わない。

解説

顔之推が「うつむいて答えなかった」という、この書で最も静かな拒絶です。批判しているのは鮮卑語や琵琶そのものではありません。北斉では鮮卑語は権力の言語で、実用的な投資でした。問題は目的です。この父は、子の能力を「かわいがられるための道具」として設計している。何を身につけるかではなく、何のために身につけるかで教育の質が決まる、という判断です。資格やスキルを取らせる理由が「気に入られるため」に寄っているとき、身につくのは技術ではなく、取り入る姿勢のほうです。たとえそれで出世しても、それはさせたくない——顔之推は結果ではなく、そこに至る道を選んでいます。

この章句が説くこと

鮮卑語と琵琶公卿に伏事す俛して答えず何のために学ぶか

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