顔氏家訓 / 風操
昔者、周公一沐三握發、一飯三吐餐、以接白屋之士、一日所見者七十餘人。晉文公以沐辭竪頭須、致有圖反之誚。門不停賓、古所貴也。失教之家、閽寺無禮、或以主君寢食嗔怒、拒客未通、江南深以爲恥。黃門侍郎裴之禮、號善爲士大夫、有如此輩、對賓杖之、其門生僮僕、接於他人、折旋俯仰、辭色應對、莫不肅敬、與主無別也。
新字:昔者、周公一沐三握発、一飯三吐餐、以接白屋之士、一日所見者七十余人。晋文公以沐辞竪頭須、致有図反之誚。門不停賓、古所貴也。失教之家、閽寺無礼、或以主君寝食嗔怒、拒客未通、江南深以為恥。黄門侍郎裴之礼、号善為士大夫、有如此輩、対賓杖之、其門生僮僕、接於他人、折旋俯仰、辞色応対、莫不粛敬、与主無別也。
書き下し
昔者、周公は一沐に三たび髪を握り、一飯に三たび餐を吐き、以て白屋の士に接す。一日に見る所の者七十余人なり。晋の文公は沐を以て竪頭須を辞し、図反の誚り有るを致す。門に賓を停めざるは、古の貴ぶ所なり。教えを失うの家は、閽寺礼無く、或いは主君の寝食嗔怒を以て、客を拒みて未だ通ぜず。江南は深く以て恥と為す。黄門侍郎の裴之礼は、善く士大夫と為ると号す。此くの如きの輩有れば、賓に対して之を杖つ。其の門生僮僕、他人に接するに、折旋俯仰、辞色応対、粛敬ならざるは莫く、主と別無し。
現代語訳
昔、周公は一度の洗髪の間に三度も髪を握ったまま立ち上がり、一度の食事の間に三度も口の物を吐き出して、身分の低い士に会った。一日に会った者は七十余人であった。晋の文公は洗髪中だからと竪頭須の面会を断り、謀反を企てられるという非難を招いた。門前で客を待たせないのは、昔から尊ばれてきたことである。しつけの行き届かない家では、門番に礼がなく、主人が寝ているとか食事中だとか機嫌が悪いとかを理由に、客を断って取り次がない。江南ではこれを深く恥とする。黄門侍郎の裴之礼は、士大夫のあり方をよく体現していると称された。こういう振る舞いをする者があれば、客の前でその者を杖で打った。その門下生や下男下女は、他人に接するとき、立ち居振る舞いも言葉つきも表情も応対も、つつしみ深くないものはなく、主人と変わりがなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
易経・豫卦周易 第十六卦。坤下震上。易経。豫は、侯を建て師を行るに利ろし。初六、豫を鳴らす、凶。六二、介きこと石の于し、日を終えず、貞にして吉。六三、盱りて豫しむ、悔ゆ。遅ければ悔い有り。九四、由りて豫しむ、大いに得る有り。疑う勿かれ、朋盍ぞ簪まらざらん。六五、貞にして疾む、恒に死せず。上六、豫に冥し、成るも渝わる有り、咎无し。彖に曰く、
-
史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
-
『文武訓』文訓上之末一人は只、わが身をかへりみて、わが身のさかしおろかなると、才あるとつたなきとのほどを知りて、つねに人にへりくだり、わが身にほこるべからず。才智ありてもなくしても、わが身にほこりたかぶり、人をこのんで見くだし、又そしるは罪ふかし。いとおろかなりといふべし。
-
『慎思録』巻之六白楽天の詩に曰く、得る所皆望みに過ぐ、躬を省みれば良に愧づべしと。白氏は誠に是れ英才善行の人にして、其の言ふ所此くの如し。況んや吾才行無く、人に逮ばざること遠きをや。得る所望外に逾ゆと謂ふべし。韓非の人と為りや、口吃にして道説すること能はずして、善く書を著す。韓文公曰く、当世を化するは言に如くは莫く、来世を化するは書に如くは莫しと。篤信謂ふ、余口吃ならずと雖も、言詞拙陋にして、義理を道説すること能はず。且つ作文庸拙にして、書を著して人に示すこと能はず。蓋し言を出だし書を著すこと、両つながら之を失ふ。何を以て人を化することを得んや。唯だ自ら楽しむを以て事と為すのみ。
-
『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、今時の人すべを知らす、餓鬼畜生をさへ離れすして、二乗見解と云つて声聞縁覚をそしる人あり、あまり土な事なり。人は知らず、我は餓鬼畜生を離れす、誰ほしと云はば、おれほしと云はんずと也。因に人問ふ、日本諸宗の大師先徳に、古は大修行底の人有りや。師曰、知らぬ事なり、残されたる法語等を以て見れば、経文語録の格を以て書示されたると見えたり。実に修行强き人有りとも見えすと也。
-
説苑・雜言孔子曰く、「富貴を以て人の下と為る者は、何人か与せざらん。富貴を以て人を敬愛する者は、何人か親しまざらん。衆言逆らわざるは、言を知ると謂う可し。衆之に嚮うは、時を知ると謂う可し」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る