師導古典を学びたいすべての人に

顔氏家訓 / 教子

年十許歲、驕恣無節、器服玩好、必擬乘輿、常朝南殿、見典御進新氷、鈎盾獻早李、還索不得、遂大怒、詬曰:「至尊已有、我何意無?」不知分齊、率皆如此。識者多有叔段州吁之譏。後嫌宰相、遂矯詔斬之、又懼有救、乃勒麾下軍士、防守殿門、既無反心、受勞而罷、後竟坐此幽薨。

新字:年十許歳、驕恣無節、器服玩好、必擬乗輿、常朝南殿、見典御進新氷、鈎盾献早李、還索不得、遂大怒、詬曰:「至尊已有、我何意無?」不知分斉、率皆如此。識者多有叔段州吁之譏。後嫌宰相、遂矯詔斬之、又懼有救、乃勒麾下軍士、防守殿門、既無反心、受労而罷、後竟坐此幽薨。

書き下し

年十許歳にして、驕恣にして節無く、器服玩好、必ず乗輿に擬す。常に南殿に朝し、典御の新氷を進め、鈎盾の早李を献ずるを見て、還りて索むるも得ず、遂に大いに怒り、詬りて曰く、「至尊已に有り、我何の意ぞ無きや」と。分斉を知らざること、率ね皆此くの如し。識者に叔段・州吁の譏り多く有り。後に宰相を嫌い、遂に詔を矯めて之を斬る。又た救い有らんことを懼れ、乃ち麾下の軍士を勒して、殿門を防守す。既に反心無く、労を受けて罷む。後に竟に此に坐して幽薨せり。

現代語訳

十歳ばかりになると、驕り高ぶって節度がなく、器物も衣服も遊び道具も、必ず天子の物になぞらえた。あるとき南殿に参内し、氷室の役人が新しい氷を献上し、庭園の役人が早生の李を献上するのを見て、帰ってから同じ物を求めたが得られず、大いに怒って罵った。「天子はもう持っている。私にないのはどういうわけだ」。分をわきまえないことが、おおむねこの調子であった。見識ある者たちは、鄭の叔段や衛の州吁になぞらえて非難した。後に宰相を憎んで、詔を偽って斬らせた。さらに救援があるのを恐れて、配下の兵を集めて宮殿の門を固めた。謀反の心はなかったので、慰労を受けて解散した。しかし結局この一件によって幽閉され、死んだ。

解説

「至尊すでに有り、我なんぞ無からん」——甘やかされた人間の論理が、これ以上ないほど短く出ています。天子が持っているなら自分も持てるはずだ。この一文が言えてしまうのは、幼い頃から衣食を皇太子と同じにされ、諸王と違う扱いを受けてきたからです。分をわきまえないのではなく、分を教わらなかった。結末は、宰相を偽詔で斬り、兵で宮門を固め、謀反の意思すらないまま幽閉死。悪意ではなく、位置感覚の欠如が人を殺しました。二世経営者や特別扱いされた社員の失敗も、たいていは能力ではなくここで起きます。何を与えるかより、どこまでが自分の分かを教えたかどうかです。

この章句が説くこと

至尊已に有り分斉を知らず叔段州吁の譏り位置感覚

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる