顔氏家訓 / 歸心
儒家君子、尚離庖廚、見其生不忍其死、聞其聲不食其肉。高柴、折像、未知內教、皆能不殺、此乃仁者自然用心。含生之徒、莫不愛命、去殺之事、必勉行之。好殺之人、臨死報驗、子孫殃禍、其數甚多、不能悉錄耳、且示數條於末。
新字:儒家君子、尚離庖廚、見其生不忍其死、聞其声不食其肉。高柴、折像、未知内教、皆能不殺、此乃仁者自然用心。含生之徒、莫不愛命、去殺之事、必勉行之。好殺之人、臨死報験、子孫殃禍、其数甚多、不能悉録耳、且示数条於末。
書き下し
儒家の君子すら、尚お庖厨を離る。其の生を見て其の死に忍びず、其の声を聞きて其の肉を食らわず。高柴・折像は、未だ内教を知らざるも、皆な能く殺さず。此れ乃ち仁者の自然の用心なり。含生の徒は、命を愛せざるは莫し。殺を去るの事は、必ず勉めて之を行え。殺を好むの人は、死に臨みて報験あり、子孫殃禍あり。其の数甚だ多し。悉くは録する能わざるのみ。且く数条を末に示さん。
現代語訳
儒家の君子でさえ、なお台所から遠ざかる。生きているのを見ては、その死ぬのに耐えられず、その声を聞いては、その肉を食べない。高柴や折像は、まだ仏教を知らなかったが、どちらも殺さずにいられた。これはつまり仁ある者の自然な心の働きである。命あるものはみな、自分の命を愛さないものはない。殺すことを去る行いは、必ず努めて実行せよ。殺すことを好む人は、死に臨んで報いの証が現れ、子孫にも災いが及ぶ。その例はたいそう多い。すべてを記録することはできない。とりあえず数条を末尾に示そう。
解説
不殺生を勧める段ですが、根拠を仏教ではなく儒家に置いています。君子が台所から遠ざかるのは孟子の言葉で、生きている姿を見た動物の肉を食べられないという感情です。高柴や折像は仏教を知らないのに殺さなかった。「此れ乃ち仁者の自然の用心なり」——教えによるのではなく、自然な心の働きだと言う。相手の枠組みの中にある材料を使って結論に導く手つきです。次の段からは実例が並びます。異なる価値観の人に何かを勧めるとき、自分の体系の言葉ではなく、相手がすでに持っている材料で説明できるかどうかが、伝わるかどうかを決めます。
この章句が説くこと
庖厨を離る其の生を見て其の死に忍びず仁者の自然の用心相手の枠組み仁敬意
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