顔氏家訓 / 止足
仕宦稱泰、不過處在中品、前望五十人、後顧五十人、足以免恥辱、無傾危也。高此者、便當罷謝、偃仰私庭。吾近為黃門郎、已可收退、當時羈旅、懼罹謗讟、思為此計、僅未暇爾。自喪亂已來、見因托風雲、僥幸富貴、旦執機權、夜填坑谷、朔歡卓、鄭、晦泣顏、原者、非十人五人也。慎之哉!慎之哉!
新字:仕宦称泰、不過処在中品、前望五十人、後顧五十人、足以免恥辱、無傾危也。高此者、便当罷謝、偃仰私庭。吾近為黄門郎、已可収退、当時羈旅、懼罹謗讟、思為此計、僅未暇爾。自喪乱已来、見因托風雲、僥幸富貴、旦執機権、夜填坑谷、朔歓卓、鄭、晦泣顏、原者、非十人五人也。慎之哉!慎之哉!
書き下し
仕宦の泰と称すべきは、処ること中品に在るに過ぎず。前に五十人を望み、後ろに五十人を顧みれば、以て恥辱を免れ、傾危無きに足る。此より高き者は、便ち当に罷謝して、私庭に偃仰すべし。吾近ごろ黄門郎と為る。已に収退すべし。当時羈旅にして、謗讟に罹るを懼る。此の計を為さんと思うも、僅かに未だ暇あらざるのみ。喪乱已来、風雲に因托し、僥倖して富貴となり、旦に機権を執り、夜に坑谷を填め、朔に卓・鄭を歓び、晦に顔・原に泣く者を見るは、十人五人に非ざるなり。之を慎めや、之を慎めや。
現代語訳
官職において安泰といえるのは、中位に位置するに過ぎない。前に五十人を望み、後ろに五十人を顧みる位置であれば、恥辱を免れ、傾き危うくなることもない。これより高い者は、すぐに辞退して、私邸でくつろぐべきである。私は近ごろ黄門郎になった。もう退くべきである。当時は寄留の身で、そしりを受けることを恐れていた。この計画を実行しようと思ったが、わずかにその暇がなかっただけである。戦乱以来、時勢に乗って、僥倖で富貴となり、朝には権力を握り、夜には谷底に落ち、月の初めには卓王孫や鄭氏のような富豪ぶりを喜び、月末には顔回や原憲のような貧窮に泣く者を見ることは、十人や五人ではない。慎むべきだ、慎むべきだ。
解説
「前に五十人を望み、後ろに五十人を顧みる」——上に五十人、下に五十人という位置を、安全圏として定義しました。数字で書かれているので判定できます。それより上に行ったら辞退せよ、というのが処方です。理由は乱世の観察にあります。朝に権力を握り夜に落ちる人を、何十人も見てきた。高い位置は、上がる速度と落ちる深さが比例します。そして顔之推自身は「退くべきだったが暇がなかった」と正直に書く。自分が実行できていないことも記す誠実さです。自分の組織や業界で、どの高さまでが安全圏かを考えたことがあるか。上を目指すのが前提になっていると、この問いは出てきません。
この章句が説くこと
前に五十人を望み後ろに五十人を顧みる罷謝して私庭に偃仰す旦に機権を執り夜に坑谷を填む安全圏
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