顔氏家訓 / 誡兵
國之興亡、兵之勝敗、博學所至、幸討論之。入帷幄之中、參廟堂之上、不能為主盡規以謀社稷、君子所恥也。然而每見文士、頗讀兵書、微有經略。若居承平之世、睥睨宮閫、幸災樂禍、首為逆亂、詿誤善良、如在兵革之時、構扇反復、縱橫說誘、不識存亡、強相扶戴:此皆陷身滅族之本也。誡之哉!誡之哉!
新字:国之興亡、兵之勝敗、博学所至、幸討論之。入帷幄之中、参廟堂之上、不能為主尽規以謀社稷、君子所恥也。然而毎見文士、頗読兵書、微有経略。若居承平之世、睥睨宮閫、幸災楽禍、首為逆乱、詿誤善良、如在兵革之時、構扇反復、縦横説誘、不識存亡、強相扶戴:此皆陥身滅族之本也。誡之哉!誡之哉!
書き下し
国の興亡、兵の勝敗は、博学の至る所なり。幸わくは之を討論せよ。帷幄の中に入り、廟堂の上に参じて、主の為に規を尽くして以て社稷を謀る能わざるは、君子の恥ずる所なり。然り而して毎に文士の、頗る兵書を読み、微かに経略有るを見る。若し承平の世に居らば、宮閫を睥睨し、災いを幸い禍いを楽しみ、首として逆乱を為し、善良を詿誤す。如し兵革の時に在らば、構扇反復し、縦横に説誘し、存亡を識らず、強いて相い扶戴す。此れ皆な身を陥れ族を滅ぼすの本なり。之を誡めや、之を誡めや。
現代語訳
国の興亡や軍の勝敗は、広く学ぶ者が至るべき領域である。どうかこれを論じ究めよ。作戦の幕の内に入り、朝廷の議に参加しながら、主君のために方策を尽くして国家を謀ることができないのは、君子の恥である。しかしながら、しばしば文人が兵書を少し読んで、わずかに戦略の心得を持つのを見る。もし太平の世にいれば、宮廷を横目でうかがい、災いを喜び禍いを楽しみ、率先して反乱を起こし、善良な人々を巻き込んで誤らせる。もし戦乱の時にいれば、煽り立てて態度を翻し、縦横に説き回って人を誘い、存亡の見極めもつかないのに、無理に人を担ぎ上げる。これらはみな、身を滅ぼし一族を絶やす原因である。戒めよ、戒めよ。
解説
兵法を学ぶこと自体は勧めています。国の興亡と軍の勝敗は学者の領域であり、朝廷にいて策を出せないのは恥だ、と。問題は「頗る兵書を読み、微かに経略有る」——少し読んで少し分かった状態です。この段階の人が最も危ない。平時には陰謀に走り、乱時には人を煽って担ぎ上げる。中途半端な知識が、行動への自信だけを与えるからです。新しい分野を少し学んだ直後が、最も判断を誤りやすい。学ばないことを勧めているのではなく、学びの途中段階に固有の危険を指摘しています。自分がその段階にいるかどうかを自覚できるかどうかです。
この章句が説くこと
頗る兵書を読み微かに経略有り構扇反復す身を陥れ族を滅ぼす中途半端な知識
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