顔氏家訓 / 治家
梁孝元世、有中書舍人、治家失度、而過嚴刻、妻妾遂共貨刺客、伺醉而殺之。
新字:梁孝元世、有中書舎人、治家失度、而過厳刻、妻妾遂共貨刺客、伺酔而殺之。
書き下し
梁の孝元の世、中書舎人有り、家を治むるに度を失いて、過ちて厳刻なり。妻妾遂に共に刺客を貨い、酔いを伺いて之を殺す。
現代語訳
梁の元帝の時代に、ある中書舎人がいた。家の治め方に節度を欠き、度を越して厳しく苛酷であった。妻と側室たちはついに共謀して刺客を買い、彼が酔ったところを狙って殺させた。
解説
三十五字の記録ですが、置かれている位置が重要です。直前の段で顔之推は倹約と自給を勧め、この後の段では逆に寛仁すぎる名士を批判します。その間に、厳しすぎた側の結末を挟みました。「度を失いて過ちて厳刻」——厳しさそのものではなく、度を失ったことが問題だとしています。しかも殺したのは外部の敵ではなく、家の中の妻妾でした。日々その厳しさを浴び続けた人たちです。組織で、恐怖で締め上げる管理が一定期間は機能してしまうのは事実です。しかし限界を越えたとき、反撃は外からではなく、最も近くにいた人から来ます。
この章句が説くこと
治家失度過ちて厳刻酔いを伺いて殺す厳しさの限度
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