顔氏家訓 / 涉務
晉朝南渡、優借士族、故江南冠帶、有才幹者、擢為令僕已下尚書郎中書舍人已上、典掌機要。其餘文義之士、多迂誕浮華、不涉世務、纖微過失、又惜行捶楚、所以處於清高、蓋護其短也。至於臺閣令史、主書監帥、諸王簽省、並曉習吏用、濟辦時須、縱有小人之態、皆可鞭杖肅督、故多見委使、蓋用其長也。人每不自量、舉世怨梁武帝父子愛小人而疏士大夫、此亦眼不能見其睫耳。
新字:晉朝南渡、優借士族、故江南冠帯、有才幹者、擢為令僕已下尚書郎中書舎人已上、典掌機要。其余文義之士、多迂誕浮華、不渉世務、繊微過失、又惜行捶楚、所以処於清高、蓋護其短也。至於台閣令史、主書監帥、諸王簽省、並暁習吏用、済辦時須、縦有小人之態、皆可鞭杖粛督、故多見委使、蓋用其長也。人毎不自量、舉世怨梁武帝父子愛小人而疏士大夫、此亦眼不能見其睫耳。
書き下し
晋朝南に渡り、士族を優借す。故に江南の冠帯、才幹有る者は、擢でて令僕已下尚書郎中書舎人已上と為し、機要を典掌せしむ。其の余の文義の士は、多くは迂誕浮華にして、世務に渉らず。繊微の過失も、又た捶楚を行うを惜しむ。清高に処る所以は、蓋し其の短を護るなり。台閣の令史、主書監帥、諸王の簽省に至りては、並びに吏用に暁習し、時須を済辦す。縦い小人の態有るも、皆な鞭杖して肅督すべし。故に多く委使せらるるは、蓋し其の長を用うるなり。人毎に自ら量らず、世を挙げて梁の武帝父子の小人を愛して士大夫を疎んずるを怨む。此れも亦た眼の其の睫を見る能わざるのみ。
現代語訳
晋の朝廷が南に渡ってから、士族を優遇した。だから江南の名門で才幹のある者は、抜擢されて令僕以下、尚書郎や中書舎人以上に任じられ、機密の要職を担った。それ以外の文学の士は、多くは現実離れして浮ついており、実務に関わらない。わずかな過失があっても、鞭で打つのを惜しむ。彼らを清高な地位に置いたのは、その短所をかばうためであった。台閣の令史、主書監帥、諸王府の書記に至っては、みな役所の実務に習熟し、その時々の必要を処理した。多少の小人らしい態度があっても、みな鞭や杖で厳しく監督できた。だから多く任用されたのは、その長所を用いたからである。人はいつも自分を量らず、世を挙げて梁の武帝父子が小人を愛して士大夫を疎んじたと怨む。これもまた、目が自分の睫毛を見られないというものである。
解説
この章句が説くこと
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『顔氏家訓』涉務吾世中の文学の士を見るに、古今を品藻すること、諸を掌に指すが若し。試用有るに及べば、多くは堪うる所無し。承平の世に居りては、喪乱の禍い有るを知らず。廟堂の下に処りては、戦陣の急有るを知らず。俸禄の資を保ちては、耕稼の苦しみ有るを知らず。吏民の上に肆にしては、労役の勤め有るを知らず。故に以て世に応じ務めを経ること難きなり。
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『顔氏家訓』涉務士君子の世に処るは、能く物に益有るを貴ぶのみ。徒らに高談虚論し、琴を左にし書を右にして、以て人君の禄位を費やすにあらず。国の材を用うるは、大較六事に過ぎず。一には則ち朝廷の臣、其の治体に鑒達し、経綸博雅なるを取る。二には則ち文史の臣、其の憲章を著述し、前古を忘れざるを取る。三には則ち軍旅の臣、其の断決謀有り、強幹にして事に習うを取る。四には則ち藩屏の臣、其の風俗に明練し、清白にして民を愛するを取る。五には則ち使命の臣、其の変を識り宜しきに従い、君命を辱めざるを取る。六には則ち興造の臣、其の功を程り費を節し、開略に術有るを取る。此れ則ち皆な学に勤め行いを守る者の能く辦ずる所なり。人性に長短有り。豈に六塗に美を具うるを責めんや。但だ当に皆な指趣を暁り、能く一職を守らば、便ち媿無きのみ。
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『顔氏家訓』勉學梁朝全盛の時、貴游の子弟、多く学術無し。諺に云うに至る、「車を上りて落ちざれば則ち著作、体中何如なれば則ち秘書」と。衣を熏じ面を剃り、粉を傅け朱を施し、長檐の車に駕し、高歯の屐を跟き、棋子の方褥に坐し、斑糸の隠嚢に憑り、器翫を左右に列ね、従容として出入し、望めば神仙の若し。明経して第を求むれば、則ち人を顧いて策に答え、三九の公燕には、則ち手を仮りて詩を賦す。爾の時に当たりては、亦た快士なり。
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『顔氏家訓』涉務梁世の士大夫は、皆な褒衣博帯、大冠高履を尚ぶ。出ずれば則ち車輿、入れば則ち扶侍せらる。郊郭の内、馬に乗る者無し。周弘正は宣城王の愛する所と為り、一果下馬を給せらる。常に之に服御す。挙朝以て放達と為す。乃ち尚書郎の馬に乗るに至りては、則ち之を糾劾す。侯景の乱に及び、膚脆く骨柔らかにして、行歩に堪えず。体羸せ気弱くして、寒暑に耐えず。倉猝に坐死する者、往往にして然り。建康の令王復は、性既に儒雅にして、未だ嘗て乗騎せず。馬の嘶き歕き陸梁するを見れば、震懾せざるは莫し。乃ち人に謂いて曰く、「正に是れ虎なり。何が故に名づけて馬と為すや」と。其の風俗此に至れり。
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『顔氏家訓』省事斉の季世、多く財貨を以て外家に托附し、女謁を諠動す。守宰を拝する者は、印組光華、車騎輝赫、栄は九族を兼ね、貴を一時に取る。而して執政の患う所と為り、随いて伺察せらる。既に利を以て得れば、必ず利を以て殆うし。微かに風塵に染まれば、便ち肅正に乖く。坑阱殊に深く、瘡痏未だ復せず。縦い死を免るるを得るも、家を破らざるは莫し。然る後に臍を噬むも、亦復た何ぞ及ばんや。吾南より北に及ぶまで、未だ嘗て一言も時人と身分を論ぜざるなり。通達する能わざるも、亦た尤む無し。
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『顔氏家訓』省事今世の睹る所、瑾瑜を懐き蘭桂を握る者は、悉く之を為すを恥ず。門を守り闕に詣り、書を献じ計を言うは、率ね多く空薄にして、高く自ら矜誇す。経略の大体無く、咸な秕糠の微事なり。十条の中、一も采るに足らず。縦い時務に合するも、已に先覚に漏る。知らざるを謂うに非ず、但だ知りて行わざるを患うるのみ。或いは奸私を発かれ、面のあたり相い酬証す。事途回穴し、翻って愆尤を懼る。人主外は声教を護り、脱がれて含養を加う。此れ乃ち僥倖の徒なり。与に肩を比ぶるに足らざるなり。