顔氏家訓 / 歸心
三世之事、信而有征、家世歸心、勿輕慢也。其間妙旨、具諸經論、不復於此、少能贊述、但懼汝曹猶未牢固、略重勸誘爾。
新字:三世之事、信而有征、家世帰心、勿軽慢也。其間妙旨、具諸経論、不復於此、少能賛述、但懼汝曹猶未牢固、略重勧誘爾。
書き下し
三世の事は、信にして徴有り。家世帰心す。軽慢すること勿かれ。其の間の妙旨は、諸の経論に具わる。復た此において、少しく賛述する能わず。但だ汝曹の猶お未だ牢固ならざるを懼れ、略ぼ重ねて勧誘するのみ。
現代語訳
過去・現在・未来の三世をめぐることは、信ずるに足る証拠がある。我が家は代々仏教に帰依してきた。軽んじてはならない。その細かな教えは、さまざまな経典と論書に備わっている。ここで改めて少しばかり述べ加えることはできない。ただ、お前たちの信がまだ固まっていないことを心配して、あらためて簡単に勧めるだけである。
解説
歸心篇の書き出しです。この篇は顔之推が仏教への帰依を子孫に勧めるもので、彼自身の信仰の表明として読むべきものです。ここで注目したいのは書き方のほうです。詳しい教義は経論に備わっているので繰り返さない、自分がここで書くのは、子どもたちの信がまだ固まっていないから念を押すだけだ、と限定しています。教えそのものを説くのではなく、なぜ自分がここで書くのかを先に述べる。以下の篇で彼は、世間の批判五つを取り上げて一つずつ答えていきます。信じよと言うのではなく、反論に答える形を選んだ点が、この篇の性格を決めています。
この章句が説くこと
三世の事家世帰心す其の間の妙旨は諸の経論に具わる勧める理由
関連する章句
-
『顔氏家訓』歸心凡夫は蒙蔽して、未来を見ず。故に彼の生と今と一体に非ずと言うのみ。若し天眼有りて、其の念念に随いて滅し、生生に断えざるを鑒れば、豈に怖畏せざるべけんや。又た君子の世に処るは、能く己に克ちて礼に復り、時を済い物を益するを貴ぶ。家を治むる者は一家の慶びを欲し、国を治むる者は一国の良きを欲す。僕妾臣民は、身と竟に何ぞ親しからんや。而るに勤苦して徳を修むるは。亦た是れ堯・舜・周・孔も虚しく愉楽を失うのみ。一人道を修むれば、幾許の蒼生を済度せん。幾身の罪累を免脱せん。幸わくは熟ら之を思え。汝曹若し俗計を観て、門戸を樹立し、妻子を棄てず、未だ出家する能わずんば、但だ当に兼ねて戒行を修め、心を誦読に留め、以て来世の津梁と為すべし。人生は得難し、虚しく過ぐる無かれ。
-
『顔氏家訓』歸心世に祝師及び諸の幻術有り、猶お能く火を履み刃を蹈み、瓜を種え井を移す。倏忽の間に、十変五化す。人力の為す所すら、尚お能く此くの如し。何ぞ況んや神通感応の、思量すべからず、千里の宝幢、百由旬の座、化して浄土と成り、踴きて妙塔を出だすをや。
-
『顔氏家訓』歸心抑ま又た之を論ぜん。道を求むる者は、身計なり。費を惜しむ者は、国謀なり。身計と国謀とは、両つながら遂ぐべからず。誠臣は主に徇いて親を棄て、孝子は家を安んじて国を忘る。各おの行い有るなり。儒に王侯に屈せずして其の事を高尚するもの有り、隠に王を譲り相を辞して世を山林に避くるもの有り。安んぞ其の賦役を計りて、以て罪人と為すべけんや。若し能く偕く黔首を化し、悉く道場に入らしめば、妙楽の世、禳佉の国の如く、則ち自然の稲米、無尽の宝蔵有らん。安んぞ田蚕の利を求めんや。
-
『顔氏家訓』歸心俗の謗る者は、大抵五有り。其の一は、世界外の事及び神化の方無きを以て迂誕と為すなり。其の二は、吉凶禍福の或いは未だ報応せざるを以て欺誑と為すなり。其の三は、僧尼の行業の多くは精純ならざるを以て奸慝と為すなり。其の四は、金宝を糜費し課役を減耗するを以て損国と為すなり。其の五は、縦い因縁の善悪に報ゆるが如き有りとも、安んぞ能く今日の甲を辛苦せしめて、後世の乙を利益せんや、と。異人と為すなり。今並びに之を下に釈かん。
-
『顔氏家訓』歸心釈の四に曰く、内教は途多く、出家は自ずから是れ其の一法なるのみ。若し能く誠孝心に在り、仁恵を本と為さば、須達・流水も、必ずしも鬚髪を剃落せず。豈に井田を罄くして塔廟を起こし、編戸を窮めて以て僧尼と為さしめんや。皆な政を為すこと之を節する能わざるに由り、遂に非法の寺をして、民の稼穡を妨げ、無業の僧をして、国の賦算を空しからしむ。大覚の本旨に非ざるなり。
-
『顔氏家訓』歸心原ぬるに夫れ四塵五蔭は、形有を剖析し、六舟三駕は、群生を運載す。万行は空に帰し、千門は善に入る。弁才智恵は、豈に徒らに七経・百氏の博きのみならんや。明らかに堯・舜・周・孔の及ぶ所に非ざるなり。内外の両教は、本と一体たり。漸積して異と為り、深浅同じからず。内典の初門には、五種の禁を設く。外典の仁義礼智信は、皆な之と符す。仁とは、不殺の禁なり。義とは、不盗の禁なり。礼とは、不邪の禁なり。智とは、不酒の禁なり。信とは、不妄の禁なり。畋狩軍旅、燕享刑罰の如きに至りては、民の性に因り、卒かには除くべからず。就きて之が節を為し、淫濫ならざらしむるのみ。周・孔に帰して釈宗に背くは、何ぞ其れ迷えるや。