顔氏家訓 / 文章
古人之文、宏材逸氣、體度風格、去今實遠、但緝綴疏朴、未為密緻耳。今世音律諧靡、章句偶對、諱避精詳、賢於往昔多矣。宜以古之製裁為本、今之辭調為末、並須兩存、不可偏棄也。
新字:古人之文、宏材逸気、体度風格、去今実遠、但緝綴疏朴、未為密緻耳。今世音律諧靡、章句偶対、諱避精詳、賢於往昔多矣。宜以古之製裁為本、今之辞調為末、並須両存、不可偏棄也。
書き下し
古人の文は、宏材逸気、体度風格、今を去ること実に遠し。但だ緝綴疎朴にして、未だ密緻と為さざるのみ。今世は音律諧靡、章句偶対、諱避精詳にして、往昔に賢れること多し。宜しく古の製裁を以て本と為し、今の辞調を末と為すべし。並びに須らく両つながら存すべく、偏え棄つべからざるなり。
現代語訳
昔の人の文章は、大きな才と勢いのある気韻、構えと風格において、今とは実に隔たっている。ただ、綴り方は素朴で、緻密ではなかった。今の世は音律が整って美しく、句が対をなし、忌み名の避け方も細かく行き届いていて、昔より優れている点が多い。昔の構成を根本とし、今の言葉の調子を末とすべきである。どちらも残すべきで、一方だけを捨ててはならない。
解説
新旧の優劣を分野ごとに切り分けた一段です。古人が優れているのは才気と風格と構成。今が優れているのは音律、対句、細部の作法。どちらかが全面的に上ではありません。そのうえで、古を本、今を末とし、両方残せと言う。復古主義でも現代礼賛でもない、実務的な結論です。この分け方が有効なのは、優劣を全体で論じないからです。「昔はよかった」「今のほうが進んでいる」という議論は、たいてい比べる項目を揃えていません。何が古いほうがよく、何が新しいほうがよいのかを項目ごとに分ければ、捨てるべきものと残すべきものが見えます。
この章句が説くこと
宏材逸気緝綴疎朴古の製裁を本と為す項目ごとに分ける
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