顔氏家訓 / 書證
「也」是語已及助句之辭、文籍備有之矣。河北經傳、悉略此字、其間字有不可得無者、至如「伯也執殳」、「於旅也語」、「回也屢空」、「風、風也、教也」、及詩傳云:「不戢、戢也、不儺、儺也。」「不多、多也。」如斯之類、儻削此文、頗成廢闕。
新字:「也」是語已及助句之辞、文籍備有之矣。河北経伝、悉略此字、其間字有不可得無者、至如「伯也執殳」、「於旅也語」、「回也屢空」、「風、風也、教也」、及詩伝云:「不戢、戢也、不儺、儺也。」「不多、多也。」如斯之類、儻削此文、頗成廃闕。
書き下し
「也」は是れ語已及び助句の辞なり。文籍に備さに之有り。河北の経伝は、悉く此の字を略す。其の間の字に得て無かるべからざる者有り。「伯や殳を執る」、「旅においてや語る」、「回や屢しば空し」、「風は、風なり、教なり」の如きに至り、及び詩伝に云う、「戢まざるは、戢まるなり。儺せざるは、儺するなり」「多からざるは、多きなり」と。斯くの如きの類は、儻し此の文を削らば、頗る廃闕を成さん。
現代語訳
「也」は文を終わらせる語であり、また句を助ける語である。書物には十分にその用例がある。河北の経典と伝はことごとくこの字を省いている。しかしその中には、なくてはならない場合がある。「伯や殳を執る」「旅においてや語る」「回や屢しば空し」「風とは風であり教えである」といったもの、また詩の伝にいう「戢まらないとは戢まることである」「儺しないとは儺することである」「多くないとは多いことである」といったもの。こうした類のものは、もしこの字を削れば、かなり意味が欠けてしまう。
解説
助字を省略する慣行への批判です。「也」は文末や句中で働く語で、実質的な意味を持たないように見えます。だから河北の写本では省かれた。しかし顔之推は、省けない場合を具体例で並べます。「回や屢しば空し」は「也」があることで呼びかけの調子が出る。「戢まざるは戢まるなり」は「也」がなければ断定にならない。形式的で無意味に見えるものが、実は機能を担っている。文書の様式や手続きを簡略化するとき、これと同じ判断が要ります。省いてよいものと、機能を担っているものを、一つずつ見分ける作業です。
この章句が説くこと
也は語已及び助句の辞河北の経伝は悉く此の字を略す頗る廃闕を成す形式と機能
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