顔氏家訓 / 風操
吳郡陸襄、父閑被刑、襄終身布衣蔬飯、雖薑菜有切割、皆不忍食、居家惟以掐摘供廚。江寧姚子篤、母以燒死、終身不忍噉炙。豫章熊康父以醉而爲奴所殺、終身不復嘗酒。然禮緣人情、恩由義斷、親以噎死、亦當不可絶食也。
新字:吳郡陸襄、父閑被刑、襄終身布衣蔬飯、雖薑菜有切割、皆不忍食、居家惟以掐摘供廚。江寧姚子篤、母以焼死、終身不忍噉炙。予章熊康父以酔而為奴所殺、終身不復嘗酒。然礼縁人情、恩由義断、親以噎死、亦当不可絶食也。
書き下し
呉郡の陸襄は、父の閑刑せらる。襄は終身布衣蔬飯し、薑菜に切割有ると雖も、皆な食うに忍びず。家に居りては惟だ掐摘を以て厨に供す。江寧の姚子篤は、母焼死を以てす。終身炙を噉らうに忍びず。豫章の熊康は、父醉うを以て奴の殺す所と為る。終身復た酒を嘗めず。然れども礼は人情に縁り、恩は義に由りて断つ。親噎を以て死すとも、亦た当に食を絶つべからざるなり。
現代語訳
呉郡の陸襄は、父の陸閑が刑死した。襄は生涯粗末な衣と野菜の食事で通し、生姜や野菜に刃で切った跡があると、どれも食べるに忍びなかった。家では手で摘み取ったものだけを台所に供した。江寧の姚子篤は、母が焼け死んだ。生涯、あぶり肉を食べることに耐えられなかった。豫章の熊康は、父が酔ったところを下男に殺された。生涯二度と酒を口にしなかった。しかし礼は人の情に基づくものであり、恩愛は義によって断ち切るべきものである。親が食べ物を喉に詰まらせて死んだからといって、食を断つわけにはいかない。
解説
三つの例を並べたうえで、顔之推は限度を引きます。刃で切った物を食べない、あぶり肉を食べない、酒を飲まない——どれも死因にちなむ自制です。彼はこれらを否定しませんが、最後にこう言う。「親が喉を詰まらせて死んだからといって、食を断つわけにはいかない」。極端な例を出して、原理の限界を示す論法です。根拠は「礼は人情に縁り、恩は義に由りて断つ」——礼は情から出るが、情のままでは行き止まる。だから義によって線を引く。感情から生まれた自制が、自分の生存や務めを損なうところまで来たら、そこで断つ。追悼や責任感が自罰に転じたときに効く一句です。
この章句が説くこと
陸襄姚子篤熊康礼は人情に縁る恩は義に由りて断つ自制の限度節度
関連する章句
-
説苑・說叢聖人の衣や體に便にして以て身を安んじ、其の食や腹に安んず。衣を適し食を節し、口目に聽かず。
-
説苑・雜言孔子曰く、「中人の情は、余り有れば則ち侈り、足らざれば則ち倹にし、禁無ければ則ち淫し、度無ければ則ち失し、欲を縦にすれば則ち敗る。飲食に量有り、衣服に節有り、宮室に度有り、畜聚に数有り、車器に限有るは、以て乱の源を防ぐなり。故に夫れ度量は明らかにせざる可からず、善言は聴かざる可からず」と。
-
葉隠・聞書第一大酒にて後れを取りたる人、数多(あまた)なり。別して残念の事なり。まず我が丈け分(たけぶん)をよく覚え、その上は飲まぬ様にありたきなり。そのうちにも、時により、酔い過す事あり。酒座(しゅざ)には就中(なかんずく)気をぬかさず、図(はか)らぬ事出来(しゅったい)ても間に合う様に、了簡(りょうけん)あるべき事なり。また酒宴は……
-
尚書・說命中寵を啓きて侮りを納るる無かれ、過ちを恥じて非を作す無かれ。
-
葉隠・聞書第一時により、人に用(よう)をいい、物をもらう事有り。それも度重(たびかさ)ならば、無心(むしん)になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいわぬように有りたきなり。
-
論語・述而篇子は釣りして綱せず、弋して宿を射ず。