顔氏家訓 / 後娶
凡庸之性、後夫多寵前夫之孤、後妻必虐前妻之子、非唯婦人懷嫉妒之情、丈夫有沈惑之僻、亦事勢使之然也。前夫之孤、不敢與我子争家、提攜鞠養、積習生愛、故寵之、前妻之子、每居己生之上、宦學婚嫁、莫不爲防焉、故虐之。異姓寵則父母被怨、繼親虐則兄弟爲讎、家有此者、皆門戶之禍也。
新字:凡庸之性、後夫多寵前夫之孤、後妻必虐前妻之子、非唯婦人懐嫉妒之情、丈夫有沈惑之僻、亦事勢使之然也。前夫之孤、不敢与我子争家、提攜鞠養、積習生愛、故寵之、前妻之子、毎居己生之上、宦学婚嫁、莫不為防焉、故虐之。異姓寵則父母被怨、継親虐則兄弟為讎、家有此者、皆門戸之禍也。
書き下し
凡庸の性、後夫は多く前夫の孤を寵し、後妻は必ず前妻の子を虐ぐ。唯だ婦人の嫉妒の情を懐き、丈夫の沈惑の僻有るのみに非ず、亦た事勢の之をして然らしむるなり。前夫の孤は、敢えて我が子と家を争わず、提携鞠養し、習いを積みて愛を生ず。故に之を寵す。前妻の子は、毎に己が生みしものの上に居り、宦学婚嫁、防を為さざるは莫し。故に之を虐ぐ。異姓寵せらるれば則ち父母怨みを被り、継親虐ぐれば則ち兄弟讎と為る。家に此れ有る者は、皆な門戸の禍いなり。
現代語訳
平凡な人間の性として、後夫は前夫の遺児をかわいがることが多く、後妻はきまって前妻の子を虐げる。それは女に嫉妬の情があり、男に溺れて迷う癖があるからというだけではない。物事の勢いがそうさせるのである。前夫の遺児は、自分の子と家を争う立場にない。手を引き養ううちに、習慣が愛情を生む。だからかわいがる。前妻の子は、いつも自分の産んだ子の上位にいて、学問も官職も結婚も、すべて自分の子の妨げになる。だから虐げる。血のつながらない子がかわいがられれば父母が怨まれ、継母が虐げれば兄弟が敵になる。家にこれがあれば、どれも家門の禍いである。
解説
人の善悪ではなく利害の配置で説明した一段です。前夫の遺児は自分の子と競合しないから愛される。前妻の子は競合するから憎まれる。同じ「血のつながらない子」でも扱いが正反対になるのは、性格ではなく構造のせいだと言い切ります。この見方は組織でそのまま使えます。ある人が別の人に冷たいとき、人柄を疑う前に、二人が同じ椅子を争う配置になっていないかを見る。後継者と古参幹部、中途採用と生え抜きの摩擦は、たいてい競合の設計から生まれます。「事勢の之をして然らしむる」——配置が変われば態度も変わる。人を入れ替える前に、配置を見直すほうが効きます。
この章句が説くこと
事勢の之をして然らしむ家を争わず門戸の禍い利害の配置公平性
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