顔氏家訓 / 涉務
古人欲知稼穡之艱難、斯蓋貴穀務本之道也。夫食為民天、民非食不生矣、三日不粒、父子不能相存。耕種之、茠鉏之、刈穫之、載積之、打拂之、簸揚之、凡幾涉手、而入倉廩、安可輕農事而貴末業哉?江南朝士、因晉中興、南渡江、卒為羈旅、至今八九世、未有力田、悉資俸禄而食耳。假令有者、皆信僮僕為之、未嘗目觀起一(土發)土、耘一株苗、不知幾月當下、幾月當收、安識世間餘務乎?故治官則不了、營家則不辦、皆優閒之過也。
新字:古人欲知稼穡之艱難、斯蓋貴穀務本之道也。夫食為民天、民非食不生矣、三日不粒、父子不能相存。耕種之、茠鉏之、刈穫之、載積之、打払之、簸揚之、凡幾渉手、而入倉廩、安可軽農事而貴末業哉?江南朝士、因晋中興、南渡江、卒為羈旅、至今八九世、未有力田、悉資俸禄而食耳。仮令有者、皆信僮僕為之、未嘗目観起一(土発)土、耘一株苗、不知幾月当下、幾月当収、安識世間余務乎?故治官則不了、営家則不辦、皆優閒之過也。
書き下し
古人の稼穡の艱難を知らんと欲するは、斯れ蓋し穀を貴び本を務むるの道なり。夫れ食は民の天と為す。民は食に非ざれば生きず。三日粒せざれば、父子も相い存する能わず。之を耕種し、之を茠鉏し、之を刈穫し、之を載積し、之を打拂し、之を簸揚す。凡そ幾たびか手を渉りて、倉廩に入る。安んぞ農事を軽んじて末業を貴ぶべけんや。江南の朝士は、晋の中興に因り、江を南に渡る。卒に羈旅と為り、今に至るまで八九世、未だ力田有らず。悉く俸禄に資りて食らうのみ。仮令い有る者も、皆な僮僕を信じて之を為さしむ。未だ嘗て目のあたり一たび土を起こし、一株の苗を耘るを観ず。幾月に当に下すべく、幾月に当に収むべきかを知らず。安んぞ世間の余務を識らんや。故に官を治むれば則ち了らず、家を営めば則ち辦ぜず。皆な優閑の過ちなり。
現代語訳
昔の人が農作の困難さを知ろうとしたのは、穀物を貴び根本を務めとする道である。食は民にとって天である。民は食がなければ生きられない。三日食べなければ、父子でさえ互いを支えられない。耕して種を蒔き、草を取り、刈り取り、積んで運び、打って脱穀し、箕で吹き分ける。いったい何度手を経て、蔵に納まるのか。どうして農事を軽んじて末端の商売を貴べようか。江南の朝廷の士は、晋の中興によって江南に渡った。ついに寄留の身となり、今に至るまで八、九代、田を耕したことがない。すべて俸禄に頼って食べているだけである。たとえ田を持っている者でも、みな下男に任せてやらせている。自分の目で一度も土を起こし、一株の苗の草を取るのを見たことがない。何月に種を蒔き、何月に収穫すべきかも知らない。どうして世間のその他の務めが分かろうか。だから官職を治めれば片づかず、家を営めば処理できない。どれも暇に慣れた者の過ちである。
解説
この章句が説くこと
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