顔氏家訓 / 省事
至如郭解之代人報讎、灌夫之橫怒求地、遊俠之徒、非君子之所為也。如有逆亂之行、得罪於君親者、又不足恤焉。親友之迫危難也、家財己力、當無所吝、若橫生圖計、無理請謁、非吾教也。墨翟之徒、世謂熱腹、楊朱之侶、世謂冷腸、腸不可冷、腹不可熱、當以仁義為節文爾。
新字:至如郭解之代人報讎、灌夫之横怒求地、遊俠之徒、非君子之所為也。如有逆乱之行、得罪於君親者、又不足恤焉。親友之迫危難也、家財己力、当無所吝、若横生図計、無理請謁、非吾教也。墨翟之徒、世謂熱腹、楊朱之侶、世謂冷腸、腸不可冷、腹不可熱、当以仁義為節文爾。
書き下し
郭解の人に代わりて讎に報い、灌夫の横怒して地を求むるが如きに至りては、遊侠の徒にして、君子の為す所に非ざるなり。如し逆乱の行い有りて、君親に罪を得たる者は、又た恤うるに足らず。親友の危難に迫るや、家財己力、当に吝しむ所無かるべし。若し横に図計を生じ、無理に請謁するは、吾が教えに非ざるなり。墨翟の徒は、世に熱腹と謂う。楊朱の侶は、世に冷腸と謂う。腸は冷やすべからず、腹は熱すべからず。当に仁義を以て節文と為すのみ。
現代語訳
郭解が人に代わって仇討ちをし、灌夫が怒りにまかせて土地を要求したようなことに至っては、遊侠の徒のすることであって、君子のすることではない。もし謀反の行いがあって、君主や親に対して罪を犯した者であれば、これも憐れむには値しない。親しい友が危難に迫られたときは、家財も自分の力も、惜しむべきではない。しかし勝手に策を巡らせ、道理に合わない口利きを頼むのは、私の教えではない。墨翟の一派は、世に熱い腹と言われる。楊朱の仲間は、世に冷たい腸と言われる。腸は冷やしてはならず、腹は熱してはならない。仁義をもって加減の基準とすべきである。
解説
前段で認めた例外の、さらにその限界を定めた一段です。窮した人を助けるのは是。しかし代理の仇討ちや、怒りにまかせた要求は非。君主や親に背いた者は対象外。友のためには財も力も惜しまないが、道理に合わない口利きはしない。例外を認めた直後に、その例外が無限に広がらないよう線を引いています。結びが見事です。墨子の一派は熱すぎ、楊朱の一派は冷たすぎる。「腸は冷やすべからず、腹は熱すべからず」——どちらにも振れず、仁義を加減の基準とする。原則、例外、そして例外の限界。この三段構えが、実務で使える倫理の形です。
この章句が説くこと
郭解灌夫遊侠の徒腸は冷やすべからず腹は熱すべからず仁義を節文と為す柔軟性誠実
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